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あぜみち通信
コメ作りの現場365日

2005年1月1日から始まる百姓の毎日をお届けします。
おコメの出来るまでを毎日・・・?現場の声を・・・?
何となく感じたことや百姓に関係ないことまで簡単明瞭にお届けしたい!
と、思っております。
このサイトは、一般消費者の皆さんに「コメつくり」理解していただくためのページです。
インターネットを通じて、「あなたもコメつくりに挑戦!」して下さいね!
春から夏、そして秋まで季節の変わり目を一緒に楽しみましょう・・・。
ご意見・ご感想・ご不明な点等、何でもお寄せ下さいね。   
aoki@crest.ocn.ne.jp


津和野アイガモラーメン
新発売!
月日 天候 あぜ道からひとり言 写真もあるよ
2005年

12月31日
今年も今日が大晦日です。
本年も「百姓天国」inつわのをご贔屓賜り、厚くお礼申し上げます。
百姓サイトのブログ目指して始めた「あぜみち通信」も4年目が終わります。
明日から始まる5年目の「あぜみち通信」も可愛がってやってくださいね!

昨夜は、帰ってきた子供達を連れて「あおき寿司」に出かけました。
「雪に始まって雪に終わったの〜・・・」
「3月の結婚式なんか、博多が大雪じゃったけ〜・・・・」
「雨が降らんかったけ〜、稲作りは大変じゃったの〜・・・」
津和野アイガモ米ラーメンなんか作ってテレビに出るし・・・・・・」
「あっちこっちから問い合わせがあって、対応するんが大変じゃった・・・・」
今年合った出来事など話し合いながら、「来年の今日はどんなかな〜・・・・」
「じいちゃん、来年は曾孫が3人増えるよ」
「我が家にとっての初孫が生まれるの〜・・・・」
「長男が嫁さんをもらえばええがの〜・・・・」
こんな、どこの家庭でも交わす会話を楽しみながら、美味い一杯でした。

来年は戌年、元気で愛嬌ある一年になりますようご祈念申し上げます!
よいお年


望年会でのスナップ
12月30日 今年もあと僅かとなりました。
昨年は今日から大雪になったんですよね。
今年は、今月になってから降った雪が消えず、2年続けて雪の暮れです。
それでも、正月休みで子供達が今日一斉に帰ってきます。
東京から名古屋から、嫁に行った娘も孫を連れてやって来ます。
今夜は、青木家恒例の「望年会」をします。
子供達と一杯やると、「あ!大きくなったな!」実感します!
年取ったな〜?・・・・・・・・・「まだ、まだ負けられん!」思いながら一杯です!
JR新山口駅まで今から迎えに行ってきます。
12月25日 どんなクリスマスイブでしたか?サンタさん来ましたか?
我が家では、知人友人を招いての忘年会が昼過ぎから始まりました。
出た料理は、超簡単!すき焼きです。
今年1年を振り返って、来年こそいい年にするようにと期待を込めて「望年会」でした。
「今何しとるん?」子供達へのクリスマスメッセージです。
「高級店でしゃぶしゃぶ食べてとるよ」
「ええとこの温泉」
「あんたら〜、ええね〜」とは母親の言葉・・・・・。
そんなやり取りが終わると、「新山口まで迎えに行くけ〜ね、元気でやりんさいよ」
心はもう正月です!
12月23日 今日は天皇誕生日で、お休みです。
明日はクリスマスイブで、世界中が連休みたいですね?・・・・・。
子供達(学校)は冬休みに入ったそうです。
クリスマスプレゼントをもらって、お年玉をもらっていいな〜・・・・・・。
孫のクリスマスプレゼントを買いに行って、ついでにお年玉をやって満足!満足!
雪を蹴散らして、プレゼントを買いに行くぞ!
12月22日 朝起きたら大雪です。
この冬一番の寒波?が来るそうですが、大変な「冬至」になりました。
このまま行くと、暮れから新年はどうなるのでしょうか・・・・・・。
帰省する人たちの足が乱れなければいいんですが・・・・・。
「ホワイトクリスマス」確定!風流ですね・・・・・・。ロマンチックですね・・・・・。
山が悲鳴を上げています!竹が鳴っています!杉が倒れています!
自然の力、いやいや猛威に万歳です!
そろそろお許しいただいて、就職して行った子供達や孫との楽しい正月を下さいますように!
12月20日 昨日から雪が止んだんですが、いやはや大雪です。
除雪に出動?(運転席の隣で助手)しましたが、少々の積雪ではありません。
「ありがとうね!ありがとう」と言って拝んで?もらう家もあります。
「家の車庫の前に雪を掻いたが、やれんじゃやあな〜か」との苦情もあります。
「もっときれいに掻け」とのご指摘?
皆さんの納得するようにはなりません!はい!
12月15日 12月にしては珍しいくらいの大雪です。
夜も降り、日中も降り根雪になりそうな勢い?です。
雪はまだまだ止みそうにありません。
右の画像は我が家に積もった雪です。
こうなると、TVとコタツの守と雪かきが仕事です。
普段出来ない事務処理もしたいし・・・・・・。
デジカメの写真整理もしたいし・・・・・。晩酌優先?!
12月13日 1週間も更新しませんでした。ごめんなさい・・・・・。ペコ!ペコ!
「晩酌のビールを飲む時間があったら、更新するのが義務です!」その通りです!反省!?
また雪が降って大雪?の予感です・・・・・・。
我が家の周囲は一面真っ白です。旧津和野は雪化粧です。
旧日原(新津和野町)はあまり降っていません。
こんな書き方をしなくてはならないとは・・・・・・・・。
12月に入ってから、冬季労務者として外貨?の獲得に乗り出しています。
寒い毎日ですが、「福沢諭吉!福沢諭吉!」と言いながら辛抱!辛抱!これ女房!?????
寒い日は温かい津和野らあめんでも食べて元気を出しましょう!
12月5日 昨日(4日)島根県農協青年連盟のOB会の総会が玉造温泉「玉泉」で開かれました。
監査をするため出席しましたが、横殴りの雨と風には閉口しました。
夜半には暴風雨とかし、車が吹き飛ばされるんじゃないかと言うくらいでした。
朝早く起きて帰路につきましたが、風だけは治まっていませんでした。
津和野近くになると、田畑が一面真っ白です。道路にも積雪です。
我が家の周辺は5cmくらいの積雪で「今日は仕事にならんの〜」です。
12月2日 「らあめんが売り切れたよ、すぐ持ってきて〜」
「あっと言う間に売れたよ、急いでくださいね!」
「もしもし、いつ入荷するん?もうないよ」
お叱りの電話がかかります。でも、在庫はありません・・・・・・。
増産体制に入っているんですが・・・・・・・・・。
「日曜の午前中には持って行きますから・・・・・・・」平謝りです。
「確実じゃろうね!もち〜と、よおけ〜作りんさいね!」怒られます。
想定外の売れ行きです。ありがとうございます!
12月1日 昨日、NHKのローカル放送で「津和野アイガモ米ラーメン」が取り上げられました。
その後、大変です!電話が鳴りっぱなしです。
「テレビ見たよ!お歳暮に使うから予約するけ〜ね」
「相変わらず派手な男じゃの〜・・・・・」
「ようやった、津和野の新商品に発展することを祈っとるけ〜の」
「補助金を貰わんこうに独自にやったらしいが、大したもんじゃの〜」
と、言うような激励やら注文やらでした。
電話対応の爺婆は大変です。
皆様、「津和野アイガモ米ラーメン」今後ともご贔屓くださいね!ペコ!ペコ!
11月29日
4,000円の贈答用 8袋入り 3,000円/2,000円の贈答用 6袋/4袋入り
またまた「津和野アイガモ米ラーメン」の話で恐縮ですが・・・・・。
お歳暮用のギフトパックを好評発売しました。(上の写真4点)
すべて税込み価格で送料別です。地方発送いたします。
お歳暮にご利用下さい!お申し込み下記メールまで!
aoki@crest.ocn.ne.jp
11月28日 朝五時に起きて、羽田から帰ってきました。
18:00からJA西いわみ津和野支所管内の総代会が開かれました。
各地区の総代の中から津和野の代表実行組合長と副組合長が選出されました。
代表に私が留任する事になり、来年任期が来る役員(農協理事)の選任が等があります。
11月25日

27日


東京池袋のサンシャインビルで「にっぽん全国ふるさと展」が開催されました。
「津和野アイガモ米ラーメン」を持って、島根県ブース内の「源氏巻」の隣で販売に参加しました。
島根県からは、蕎麦や干物、ユズの商品、柿酢等が出品されていました。
こういう機会はなかなかないので、消費者の声を聞く絶好のチャンスです。
子供にもあって一杯やりたいし(これが目的かも?)てな訳で出かけました。
「いらっしゃいませ!津和野アイガモ米ラーメンはいかがですか〜」と、一生懸命販売しました。
人の多さと立ちっぱなしで疲れましたの一言です!
11月23日 姪が、ウールの紬(表現の仕方が分からない)の個展を宇部市で開きました。
コンセプトは「身につけるウール」だそうです。
昔のように旗織機で織ったマフラーやジャケット等が展示されています。
大学卒業後、その道の先輩に師事し独立して最初の個展です。
「爺ちゃん、婆ちゃん見に来てね」との招待所が届き、花を贈りお祝いを持って行きました。
大変な日数がかかるにもかかわらず、よくぞこれだけの作品を完成させたものだと感心しました。
興味のある方は、是非訪ねてみてくださいね!

「身に着けるウール」
宇部市・工房「愚」にて
11月22日 津和野と日原が合併したため、「農政会議」の解散設立総会が開かれました。
議案すべて可決承認し、新役員も選出されました。
農民作家の山下惣一氏が記念講演されました。(葬儀のため欠席)
11月21日 今から100年以上も前、私の曾祖父の弟が独立して分家(青木家)しました。
その分家のお婆さんが亡くなりました。
6人の子供を大きく育て、曾孫が先月生まれたばかりでした。
92年の生涯、子供やたくさんの孫、曾孫に送られての葬儀でした。
ご冥福お祈りします。合掌!
11月20日 松林山天満宮秋の大祭(23日)を前に、「津和野奴行列」が町内を練り歩きました。
「ささよ〜し〜」のかけ声と共に「あれわいさ〜の〜さ」と、一斉に槍を投げ交換しました。
観光客の皆さんから盛大な拍手をいただき、又来年も頑張ろうと思うのでした。
町内の皆さんからはお花をいただき感謝感謝です。
終わった後は恒例の一杯です。
11月19日 昨日(19日)島根県議会議員中村芳信氏の「県政報告会」がありました。
益田市の宮隅県議を初め、中島津和野町長ら来賓から絶大なる期待が寄せられました。
県議会の総務委員長として活躍されており、若手県議のリーダー的存在です。
鹿足郡内の後援会員200名が出席し、中村県議の県政での活躍を祈念しました。
11月17日 11月16日、松江市のJAくにびきにおいて「津和野アイガモ米らあめん」の発表会がありました。
JAくにびきの伊藤常務様初め関係機関ならびに報道各社多数お集まりいただきました。
最初にJAくにびき様と委託加工契約に調印し、経過報告をしました。
質疑応答をはさんで試食会が催されました。
報道各社の質問やインタビュー、写真撮影等があり約1時間で終了しました。
「全国で初めて、アイガモ米を使用した米麺のラーメン」であり、
「生産者の顔が分かるラーメン」です!

「米の消費拡大にあわせ、中山間地の活性化になると期待しています」
「津和野の観光と農業を結びつける商品であり、ヒット商品にしたい」と答えました。
(右の写真は、山陰中央新報経済欄11月17日の記事です)
販売するところは津和野町内2カ所の道の駅(津和野温泉なごみの里・シルクウェイ日原)、JA西いわみの1部の店舗(津和野支所しろやま・Aコープ益田)、津和野町内沙羅の木さん等です。
販売価格は、1袋(2食・スープ付)500円(税込)です。
4袋入2,000円/6袋入3,000円の箱入りも発売する予定です。

11月13日 「小川地区作品展」が開催されました。
(写真は蕎麦の販売をされた老人クラブ婦人部))
来場者は体育館に展示された作品の出来映えに感心していました。
蕎麦、うどん、ラーメン、たこ焼きも好評ですべて完売しました。
午後、野菜の販売の後、モチ撒きをして終わりました。

案山子も
ラーメンの応援です!
11月12日 明日の日曜日に小川公民館において、「小川地区作品展」が開催されます。
農産物の即売、趣味の絵画やパッチワーク、バザー等あります。
今回初めて、「案山子コーナー」を設け、各自治会からの出品を待ちました。
が、出てきたのは上千原自治会のみでした。(右の写真・弁慶です)
上千原自治会は、恒例になったモチ撒きの紅白のモチ1000袋も婦人部が作ります。
皆さん、お昼になったら小川公民館まで足を運んでね。
私も、「津和野アイガモラーメン」の実演販売をしますよ!
11月10日 我が家の家族が増えました。
「はな」9月28日生まれのラブラドール(♀)です。
「あや」が他界してから寂しい思いをしていましたが、9月中頃から突如住み着いた猫の「ミーコ」と賑やかになりました。
ぬいぐるみを入れてやったので、一緒に副うように寝ています。
夜泣きもせず、ウンチやシッコは新聞紙を小さく裂いた場所でするようになりました。
成長する様子をお知らせしますよ!
11月5日 ここ数日、朝の冷え込みで町内は霧に覆われています。
山口県阿東町から津和野に向かうと、県境はトンネルが続きます。
最後のトンネルを抜けて左に大きく回ってしばらくすると、霧に浮かんだ城址が見えてきます。
「まったけや」の看板の所の空き地が最高の撮影スポットです。
「ただいまマツタケ入荷待ち中!」のお断りを横目で見ながら「不作なんじゃの〜・・・・・・・」
すでに先客が数名、高級1眼レフデジタルカメラのシャッターを押しております。
挨拶もそこそこに、安物のデジカメで撮影します。(あんなん欲しいな〜)
「来る途中看板が上がっておりましたが、何時建てたんです?前にはなかったですが・・・」
「何の看板ですかね・・・・・・」
「ここから徳佐に向かって3kmくらいの所ですが、『静御前の墓』と、書いてありましたがね」
「そりゃ〜知らんかったですね〜、最近山口方面に行っとらんもんで」
「本当ですかね?NHKの大河ドラマの影響じゃないんですかね」
てな会話をしている内に、霧が晴れて来て、解散です。

観光地津和野をゆっくり観光してもらうための試みが、今日より土日祝祭日に実施されます。
町内循環のゆとりバスの運行や、地元の若者による観光案内等があります。
観光案内をするために、急きょ作られたのが「あれとい屋」なる茶店です。
「あれといや」とは方言ですが、知りたい方はどうぞ訪れてみてくださいね!
ここでは、スタッフが観光案内や地元の土産の試食と説明を行っています。
私のラーメンも勿論出品していますよ!

スタッフの会話にも「徳佐の看板見た?」「何時看板出来た?」等々・・・・・。
「誰か観て来んさいや」と、言うわけで行ってきました。
津和野からおよそ7km先の国道沿いの右側に大きく目立って、その看板はありました。
圃場整備事業の碑が建っている、点滅信号機のある交差点にありました。
『静御前の墓』の案内通りにハンドルを切って進みました。
大きな家と庭の庄屋屋敷のある片山地区に突き当たります。
そこからすぐの所に、最近整備されたとおぼしき駐車場が出来ていました。
車から降りると、「ドッカ〜ン」と、大きな爆音器のお出迎えがあります。
駐車場の傍は、「徳佐リンゴ」が赤く稔っておりますから、カラス除けの爆音器でした。
りんご園の周囲は、イノシシ除けの電柵が張り巡らされています。
駐車場からは徒歩になりますが、数分しかかりません。
民家の前に出来たばかりの御影石の道標と説明板が設置されており、しばし熟読です。
整備されたばかりの里道には玉砂利が敷かれており、歩を進めて行きます。
左にリンゴを観ながら、杉林の入り口で右に折れて杉木立の中を歩きます。
すぐ目前に、墓所と覚しき目的地に着きます。
苔生した墓石が3基並んで目につきます。
墓は、静御前本人の墓と、息子の遺髪を埋めた墓、静御前の母親の墓です。
歴史の中に埋もれてしまうかのように、墓も落葉や堆積土に埋もれかかっていた様子が窺えます。
夕暮れ時であり、薄暗くなった杉林の中の墓参を済ませ、帰途につきました。
途中、測量会社の社長をしている知人の所により、経過を訪ねました。
「ありゃ〜、わしらのグループがやったことじゃ〜ね。皆で資金出しおうて看板やら作ったけ〜」
「歴史書やら地域の言い伝え、県の専門書やら参考にして半年かかってやっと出来たんじゃ〜ね」
「名士の集まる○○クラブによう入らん者の集まりじゃが、夢と浪漫じゃけ〜」
さて、義経ブームの落とし子か住民パワーの炸裂?と見るか・・・・・。
興味と暇があり浪漫を求める方は、是非!ここに来てみんさい!
霧に浮かぶ城址
臨時観光案内所
きれいなお嬢さんが
寄っていました
静御前の墓入口
11月2日
パッケージです ポスターです
山陰の小京都から「アイガモ米ラーメン」新発売!
2005年11月15日販売開始!
ご挨拶
この度、「アイガモ米」で作った米麺のラーメンを発売する運びとなりました。
町内の道の駅や観光物産店で販売しますのでご贔屓の程よろしくお願い申し上げます。
詳細は、「アイガモ米ラーメン」までリンク下さい!

夜、JA西いわみ日原支所において「津和野町農政会議」の設立準備役員会がありました。
両町が合併したため、新しく発足するもので規約や予算、役員の選出方法等議論しました。
こういう会議で一番重要なことは、双方に不信感が生まれることがないようにすることです。
一方的な主張や、運営方法を論じることは絶対に慎まなければなりません。
相手の言い分に耳を傾けつつ、主張し着地点を見つける必要があります。
こんな事は今更言うまでのことではありませんが、そう言った発言が目につきます。
まだ議論の段階であるにもかかわらず、勝手に日程を決めて段取りをするため不快感が生じます。
相手を見下したような発言は現に慎まなければなりません。
いい年扱いて、いや・・・いい年になったからこそ、発言は慎重にするべきです。
設立総会を迎えるまでは、忍の一字でしょうか・・・・・・・・・・。
議論した後は、のどを潤わすため?恒例の一杯です。



























11月1日
上千原自治会の、「蕎麦を植えて、蕎麦を自分たちで打って、蕎麦を食べよう!」
と、言うことで私の転作田10aに盆過ぎ播種したものが、収穫時期を迎えました。
秋晴れの中、刈り取りと収穫作業が自治会員の手によって行われました。
「昔は、よう植えてから蕎麦を食べたもんじゃがね〜」
「何と久しいちゅうか、何十年ぶりじゃろかね〜」
そんな会話をしながら作業は進み、きれいな蕎麦の実を収穫していきました。
「誰が蕎麦を打つんかね?道具があるんかね?・・・・・・」
「なるたけ早うに打って、皆で食べようでや・・・・・・・」
上の写真は、「とうみ」という機械で、風を送って選別しているところです。
選別が終わると、きれいな蕎麦の実が出てきます。
この実を乾燥させて、挽き割って蕎麦の粉を作ります。
私自身は詳しくは知りません、皆さんにお任せです。

収穫作業をされた
皆さんです
10月31日 雨晴 昨日投票のあった新津和野町長選挙は旧津和野町長の中嶋巌氏が当選しました。
合併した両町の和をモットーに町政運営されることでしょう。
10月25日 今日は、千原天満宮の秋の大祭です。
この大祭から神社の「責任総代」を委嘱され、各総代さんと一緒にお祭りを行いました。
12年前に、地区総代として2年間務めたことがありますが緊張しました。
宅野宮司様、笛と太鼓の楽士様、総代4名、責任総代3名で執り行いました。

お祭りの最中、「○○です!よろしくお願いします〜、新しい町づくりを・・・・・・」選挙カーです。
そうです、今日から合併後、初の町長選挙が始まったのでした。

お祭りも1時間ばかりで終わり、直会に入りました。
明日は秋祭り最後の日ですから、幟倒しを行います。

夜、中座工区の中山間地助成金直接支払い制度の会合があり出かけました。
その後は恒例の一杯です。
一杯やりながら「マツタケが生えんの〜」「米も思うたよりなかったしの〜・・・・・」
「まあ、飲もう!飲もう!」でした。
10月23日 千原天満宮の秋の大祭を25日に控え、氏子が集まって宮掃除をしました。
昨年までの「幟」が古くなって、風雨に耐えられなくなったため氏子より寄贈がありました。
作業は手分けして行われ、幟建て班は竹切りから始まります。
しめ縄班は、ベテランが配置され手際よく大鳥居のしめ縄を造ります。
婦人は、石段や周囲の草刈りに精を出しています。
無事終了したので、記念撮影をしました。(写真右中)

1週間ぶりにマツタケを採りに山中深く入っていきました。
が、結果は1本もありませんでした。ガクッ!
こんな事は過去一度もなかったことです。
マツタケ泥棒も来ません。イノシシさえ通りません。獣道は蜘蛛の巣が張り放題です。
こんな状態ですから、マツタケが生えるはずがありません・・・・・・・。

昨日から孫が泊まりに来ています。
仕事そっちのけで、みんなで孫守です。
外は昨日来寒波が来てストーブは出る、コタツは出る「温うしてやらにゃ〜」です。
歯も生え、一生懸命ご飯を食べています。
10月22日 急に冷え込み、山沿いはアラレが降ったそうです。
稲刈り後の仕事も一段落し、雨をいいことに休息日です。
「孫の守をしんさい・・・」ゆうことで、孫守です。
10月20日 気持ちのいい寒さ?かも知れませんが、霧にすっぽり覆われた朝です。
ここ数日、朝夕の気温が急に下がってきました。
国道9号線から見る津和野の町は、一面霧が覆っています。
霧による雲海?の上にポッカリと城址の石垣が見えます。
多くのカメラマンが霧に浮かぶ城山を撮影に来ています。
その内写しに行こうと思いつつも、いまだに行っていません。
この時期の霧に包まれた津和野の町並みを歩くのは、ロマンですよ!
時間が経つにつれて、徐々に盆地の津和野が見えてきます。
時間的には早朝8時くらいまでですかね・・・・・・・・。(写真右上は青野山

林道に上がってみると、遠く十種が峰(とくさがみね)等の山々が見えます。(写真右中)
旧道を上がって、アンテナ群のある中継所からの展望も格別です。

真正面に小さく三角の山が見えますが、これが商人地区にある常山です。(写真右下)
かつて、某国が通信用偵察のパラシュートを盛んに飛ばした時期があります。
この常山の頂上に、ヒラヒラしたものが見えるので調べて欲しいとの依頼があり出かけました。
「パラシュートじゃったら新聞に載るの〜」と、淡い期待をして汗を掻きながら登ったものでした。
頂上に着くや、果たして「何じゃ、こりゃ〜!・・・・」松の木に登って見つけたものは。
「国地院○○○」空撮の目印の旗でありました。
「そう言えば、常山は三角点じゃったの〜」、お後がよろしいようで・・・・・・。
10月19日 BDF(バイオ・ディーゼル・フェール)目指して、今年も菜種を播種しました。(写真右上・中)
稲刈りが忙しかった関係で、播種時期が少し遅れましたが順調に育っています。
食用油の廃油からディーゼルエンジンの燃料を作るもので、環境に優しい燃料です。
すでに、全国各地で実用化されつつあります。
近隣では、広島県の大朝町が先進地です。

「ふるさと畑迫」の会員さん達が、大規模林道の寺田〜山入間に「あじさいロード」を作っています。
道ばたの有効利用と環境美化を考えて数百本のあじさいを植えていました。(写真右下)
来年の梅雨時期にはきれいなあじさいの花が咲き始めることでしょう。
町内でも、畑ヶ迫地区内では至る所季節ごとにきれいな花が咲いて安全運転に貢献しています。
定期的に集まって作業される会員さん達の労苦に頭の下がる思いです。
町村合併では、「自分たちで考え・実践」する自治組織の育成が急務ですが、実践されてますね!

堆肥の散布も終わり、稲藁の鋤込みが晴天続きで順調に行われています。
畦畔雑草の刈り取りも終わり、稲藁を気温が高い時期に鋤込むと分解が早く効果的です。
天気が続くので、各集落でも一斉に稲藁の鋤込みが始まっています。
10月18日 親戚に不幸があり、昨夜も通夜でした。
東京からお嫁に来られ、津和野での生活期間は20年ばかりになります。
その間、多くの友人との交流がありましたが、52歳の生涯でした。
午後、葬儀に参列しお見送りしましたが、涙・涙の出棺でした。
霊柩車は、勤務されていたSCを通って、同僚に見送られ斎場に向かわれました。
愛嬌ある笑顔で働いていた姿が目に浮かびます。合掌!
10月17日 昨夜の通夜に続き、告別式がありました。
島根大学教育学部を卒業した好青年が初めて赴任されたのは「小川小学校」でした。
島根県の東の果ての生まれ、7人兄弟の3男坊が西の果てに50年ばかり前やって来ました。
学校の近くに下宿しながらの教師生活でしたが、地元民から可愛がられたそうです。
下宿には風呂が無く、我が家にも「もらい湯」に同僚教師とよく来られたそうです。
「おい、一緒に入ろう」と言って、まだ入学前の私を連れて入ったそうです。
昔は、火事を心配して風呂場は外に離れてありました。
「金有温泉に入りに来たよ」と、言ったかどうか定かではありませんが、そんな感じでしょう。
我が家以外にも風呂に入ったり、食事に呼ばれたり、祭に呼ばれたりしたそうです。
その内、その家のベッピンさんを射止め(これが目的であった!)ました。
「津和野に骨を埋める!」が、口癖の出雲人ながら石見人以上の石見人、津和野人でした。
青年団の育成、フォークダンスやスクエヤーダンスの育成等々社会教育に貢献されました。
交際範囲も広く、ゴルフに麻雀、旅行に登山、スキー何でもござれでした。
津和野中学校の校長を最後に退職され、好々爺を満喫されていました。
斎場に入りきらないほどの車の列、弔問客の多さに人徳とは最後に分かるものと痛感しました。
「満足の人生72年間でした」喪主の挨拶通りです。合掌!

「アイガモ農法米」や「津和野ヘルシー米」を生産する田んぼに堆肥を散布しました。
堆肥は「津和野ビーフ牧場」が生産し、散布までしてくれます。
10a当たり1トン、「アイガモ農法米」は2トン散布します。
散布後はトラクターで荒起しをして混入しておきます。














10月16日 雨曇 昨日、母の従姉妹の旦那さんが様態がおもわしくないのことで、病院に駆けつけました。
訃報の知らせに、母を伴って弔問に伺いました。
通夜には、故人の生前の付き合いから大勢の人が来られました。
10月15日 「今年はマツタケが生えた話を聞かんの〜」
「あいだけ暑かったら、菌が死んで生えんじゃろ〜」
「例年なら、ぶちな〜生えとるがの〜」
こんな会話が聞かれるようでは、マツタケ不作でしょう。
「マツタケが生えにゃ〜、ボーナスが無あのと同じじゃけ〜・・・・」
「年内の飲み代が出てこんけ〜・・・・・・・」
てな理由?でマツタケを採りに行ってみました。
結果は、残念!一本もありませんでした。

マツタケの生える場所
10月8日
〜10日


雨曇 あまりにも早く稲刈りが終わったので、ピンと来ませんが「埃落とし」に出発です。
恒例になった温泉三昧は「佐賀県と大分県に2白3日の旅です。
夕方、太良町の竹崎温泉について「竹崎蟹」フルコースで一杯です。
夕日がきれいな部屋で、蟹と戯れ?温泉につかり疲れを癒やしました。

翌日は、大分に向けて出発です。
硫黄の臭いで、「あ〜やっぱり別府じゃの〜」
温泉に入る前にしておかなければならないことがあります。
二男の嫁の親元に「源氏巻」を手みやげにご挨拶に伺いました。
その後、ご近所におられるご両親の親元(お爺さん・お婆さん)にもご挨拶に伺いました。
一杯ご馳走になり、帰り際にはお土産に「かぼす」をいただきました。
夜は、募る話をしながらご両親を囲んで一杯です。
鉄輪温泉名物の「地獄蒸し」と「関アジ」を堪能しました。

風邪気で咳と鼻水が出て、少し早かったのですが、帰路につきました。
10月2日 新しい体育館が出来、平成の大合併も終わり、「地域自治」が求められる小川地区です。
その拠点として公民館が役割を果たしていきます。
そのまず第一歩が「小川地区民運動会」です。
昨年までは、直地児童館で館児と一緒になっての開催でした。
今年からは、館児も地区民も公民館の運動場で行います。
が、朝から降ったり止んだりの小雨模様です。
外でやっていましたが、大雨になり体育館に会場変更です。
「去年じゃたら中止じゃったが、体育館が出来たお陰で雨の心配がのうなったの〜」
「ありがたいことじゃの〜」と、無事全日程を終えました。
10月1日 全国一斉に「国勢調査」が行われています。
我が町では、日本で初めて?「鯉勢調査」が実施されました。
30歳代の後継者?若者?が中心になって鯉の数を数えていました。
観光客も、面白がったり「やる〜!」てな感じで声援を送っていました。
果たして何匹いたのでしょう?我が家の鯉は数えに来ていませんが・・・・・・。
「やるなら全町の鯉を数えるぐらいの・・・・・」、年寄りはいらんことを言わないの!鉄則です。
あっぱれ!と、誉めて使わす。
9月30日 稲刈りも終わり、総括です。
4月の低温により、苗の伸びが悪く心配されましたが、その後回復しました。
春先の雨により、田植えまでは順調に推移しました。
田植え以降は、天候も良く「豊作」の期待が大いに持たれました。
出穂期から乳熟期に入り、高温と水不足で管理面での不都合が生じてきました。
まず、1穂の粒数が80〜90粒程度しかついていない。
通常は、100粒前後あるにもかかわらず「穂が小さい」「株が張らない」現象が起きた。
追肥の時期が、高温により5〜7日遅れた上、稲が要求するほどの肥料が施肥できていない。
しかしながら、籾摺り時点では「屑米」が平年の3割程度しか出来ない。
つまり、必要以上に粒数を確保しないでも、出来たほどの粒数が皆米になれば平年作になる。
高温のためか「籾殻が厚い?」現象が起きた?かつて、低温のために起きたことがある。
昨年は軟弱であった圃場条件が、今年は1件もない嬉しいことが起きた。
結果論であるが、水を好きなだけ充てた田んぼは「大豊作」であったと思われる!
たぶん、来年は水を充てる農家が増えそうです。刈るとき泣きます!
特筆される問題点は、「カメムシ」の問題です。
米は問題ないのに、カメムシ被害により等級が下がった事が上げられます。
水和剤散布が主流になってから、カメムシ被害が増えたように思います。
従来の粉剤の時は、あまりなかった現象です。
草刈りの励行は実施しても、集落一斉の防除がなかったら、被害は又出てきます。
毎年確実に500kg/10aを目指していれば、天候に左右されない稲作が出来ますよ!
以上、簡単不明瞭?な総括ですが「百姓の来年!」でお許しを・・・・・。
9月26日 稲刈りが終わったら秋晴れが続きます。
籾摺りをした作業場の清掃も終え、これで秋が終わりました。
稲刈りあとの田んぼの荒起しや、堆肥の散布、畦畔の草刈りが待っています。
島根県の新しい奨励品種「きぬむすめ」の収穫が始まったようです。
食味がコシヒカリに匹敵するほどよく、収穫時期がコシヒカリの刈り取り後になるのが特徴です。
また、倒伏しにくいため台風が来ても安心でき、労働力の分散化になります。
来年は我が家でも、2ha栽培する予定です。
9月25日 祝!新「津和野町」誕生
お隣の日原町と合併して9,816人(8月末)の町が出来ました。
旧日原町の人は、住所印などの切り替えが当分続くことでしょう。
何はともあれメデタイ!
9月24日日 晴曇 今年の稲刈りもいろいろありましたが、無事終わりました。
長嶺農機鰍ニ津和野石油汲フ皆様、大変お世話になりました。来年もよろしく!ペコペコ。
終わるか終わらないうちに、燃料、修理、諸経費の請求書が山のように来ます。ガク!
これらを払いきらなければなりませんから、こちらも作業明細書を送付します。ウフッ!
しかしながら、今年は郵送しないで手渡しです。
なぜならば、燃料の高騰につき値上げさせていただいたから、説明をするためです。ドキ!ドキ!
「申し訳ありませんが、1割程度値上げさせていただきます、ご了解の程お願いします」平身低頭!
「ええよ、油が高うなったけ〜、あんたらもやれんね〜」慰めていただきます。
「米の値は下がったんよ・・・・・」ギクッ!厳しいご指摘!
「その分値引きはさせていただきますから・・・・・・」汗を拭き拭き・・・・・。
「来年も頼むよ!」有り難いことです。感謝!感謝!(注!絵文字する時間がない)
これで、打ち上げをするのみです。一杯!
ママと温泉に行くぞ!竹崎蟹(佐賀県)と地獄蒸し(大分県)のフルコースなのだ!
9月19日 雨曇 今日は「敬老の日」です。

朝早くから強い雨が降りました。
午前中は籾摺りをしながら雨の止むのを待ちました。
籾摺りをしていると、子供夫婦が孫を連れて「敬老の日」を祝いに来ました。
「爺と婆にお祝い」と、まだ喋ることは出来ませんが曾孫の登場に小休止です。
宅配もあちこちからお菓子や果物等運んできます。

「初めてプレゼントをしたのを見たよ」との声を尻目に、敬老の日にマッサージチェアーを贈りました。
風呂上がりに爺と婆が揉んでいました。


そうしていると、昼前から晴れ間が除いてきました。
「晴れたで、稲刈りに行こうや!」
「今日が最後じゃけ、機械を転がさんこうに気を付けんさいよ」との、忠告を背に出かけました。


それというのも、数日前にコンバインを横倒しにしてしまったからです。
タンクの中に一杯籾を入れたまま後退していた時、バランスを崩して横転してしまいました。
大きな機械が横倒しになっているものですから、野次馬の多いこと・・・・。
「ザマを見やガレ!ええ気にナットルからいや!・・・・・」と、たぶん思っているでしょう。
ホンダプリモ津和野のスタッフがレッカーで駆けつけてきました。
しばらくしてからコンバインが起きあがりました。
籾のタンクや周辺が再起不能?状態ですが、引っ張ったりガムテープで補修して応急修理です。

野次馬の、そんな声に耳も貸さず?反省しながら黙々と稲刈りを続けたのです。
いろいろありましたが、今年度の稲刈りを無事終えることが出来ました。


昨年度対比、4haくらい刈り取りが減っています。減収です!
昨年の天候不順には大型のコンバイン、今年は別の人に依頼?、根性の悪い百姓です。
圃場条件の悪い農家5戸断りました。そんなのが主な原因です。


愛犬「アヤ」が先月死亡して、寂しい思いをしていましたが、突如猫の子が居着いてしまいました。
「ミーコ」と、呼んでいます。(写真)



田んぼの畦に赤い「彼岸花」が咲き乱れています。
白い色の彼岸花を見つけました。(写真)


稲刈りが忙しくて毎日の更新が出来ませんでした。お詫びします。
9月13日 晴曇 「ち〜と(チョット)早〜が、祭り晴を刈ってくれんかの〜」との依頼です。
「天気もええけ〜、刈るか〜」と、なりました。
30aですから2時間で終了です。
「暑かったけ〜、冷やビールでも飲むか〜」
「大賛成!シャワーを浴びたらすぐ行くけ〜」
「隣も稲刈りが終わったけ〜、呼んでから一緒に埃落としをやるけ〜」
「そらや〜ええね〜、秋の刈り取りが終わったら安心じゃけ〜」
てなことで、刺身をおかずに一杯です。
「昔は取り入れが終わったら、こうして皆で一杯やって、秋祭りをしたもんじゃがの〜」
「今頃〜、毎日が祭のごっそう(ご馳走)みたいなもんじゃけ〜、バチがあたるで」
夜が更けるのも忘れて、稔りの秋をいただきました。(注!毎晩稔りの秋です)
9月12日 コシヒカリの刈り取りが終了しました。
あとは、祭り晴の刈り取りのみです。
祭り晴は少し早いようですから、チョット一服です。
コシヒカリは平年作でしたが、山間部は大豊作のようです。
「籾殻が厚いけ〜、米がな〜・・・・・・・・」
「あんまり暑かったけ〜、水が足らんかったけ〜・・・・・・」
「カメムシが多かったけ〜、2等3等が多いけ〜・・・・・・」
反省の言葉は出ても、反省の色は無し?「来年があるけ〜」で終わり!
「えらい目におおたけ〜、まあ一杯やろや〜」で、また一杯!です。
それにつけても、燃料代の高騰はどうにかならんかね〜・・・・・・・・。
9月7日 お陰様で風も吹かず、雨もあまり降らず「えっ!台風が来たの?・・・・」こんな感じです。
台風に被災さいされた方々に対し心よりお見舞い申し上げます。
台風一過にならないで、ず〜と雨が降り通しでしたが、明日は晴れて稲刈りが出来るかな〜。
そんな期待を込めて、田んぼに行きました。
イネが倒伏している所がありますが、昨年のことを思うといい方です。
圃場も堅く、水があっても刈り取りに支障はありません。
「せっかくの雨じゃけ〜、休め!」天の声!
9月6日 台風の影響で午後から雨脚が強まっています。
雨だけならいいのですが、暴風雨はお断りです。
防災グッズを点検して、各自に懐中電灯は必携です。
昨年の何度と訪れた?台風が思い出されて不安になります。
今年は瓦が飛ぶ心配はありませんが、周囲から何が飛んでくるか・・・・。
自動車に直撃されたら悲惨?飛散?誰に文句を言えばいいの・・・・・。
他人に迷惑がかからないように、風に飛ばされる物は撤去しましたが・・・・・。
おとなしい台風様でありますように!
9月5日 大型の台風14号が直撃しそうな勢いです。
そんな中、今年初めての出荷米検査がありました。
今年の米の特徴は、品質に問題はないものの「カメムシ」の食害による斑点米が多いことです。
「今年はカメムシの被害が多いね〜・・・・・、これじゃ〜2等米にしかならんよ・・・・」
「予防はしたんじゃがね〜・・・・」
「天候の割には収量がなあしの〜、その上2等米じゃ〜・・・・・」
お陰様で我が家の米は、ハナエチゼン、コシヒカリ、ヘルシー米すべて1等米でした。
これで、長嶺農機鰍フ修理代と津和野石油の燃料代が払えます。
9月4日 「台風が来るけ〜、何とか刈ってもらえんじゃろ〜か・・・・・・」
「すぐ行くけ〜、準備しとりんさい」
今にも雨が降りそうな雲行きに中、無事刈り取り終了です。
コンバインを次の圃場に移動したとたん、パラパラ雨が落ちてきました。
「稲刈りが終わるまで待っていただき、ありがとうございました!」天の神様に感謝です。
稲刈りをしたお宅から、「埃落とし」にご招待されました。
午後から雨が降って、ゆっくりしているので安心して一杯やりました。
9月3日 晴曇 孫の1年の誕生日です。
両家から集まってお祝いをしました。
9月2日 今日からママが夏休み休暇です。
運転手兼監督です。
いつも一人で運搬したり稲刈りしたりで大忙しでしたが、時間的にも気持ちにもゆとりがあります。
稲刈りが終わったら、恒例の温泉旅行が楽しみです。
8月26日 曇晴 稲刈り三昧です!
天候も回復傾向にあり、朝から晩まで稲刈りです。
「今年は収量が良うないのう〜」
「ええ天気じゃったけ〜、豊作思うたがの〜」
「反当8俵ありゃ〜、ええほういね。平年作じゃけ〜」
こんな会話が始まっています。
思ったより不作でしょうか?・・・・・・・・・・。結果はもうじき出ます。
作業場の屋根に大きなスズメバチの巣が出来ています。
昼前でした、婆が「蜂に刺された!」と言って走り込んできました。
眉間に見事に挿されていますが、少しばかり赤くなっている程度です。
「和ア医院に行って、点滴して貰うてきんさい」と言って行かしました。
昔から八やムカデに挿されても何のことはありませんが、高齢?ですから用心です。
しばらくしてから帰ってきましたが、夕方からは仕事をしています。
皆さんも、スズメバチには用心ですよ!
しばらく稲刈りに没頭しますので、更新できませんがお許しを!
8月22日 今日からコシヒカリの刈り取りに入ろうと思ったら、朝から雨です。
それでも、晴れ間をぬって刈りました。
何と、まだ青いです。まだ1週間くらい早いですね・・・・・・。
青籾が3割近く目につきます。
「今年から自分で稲刈りするのは止めて、任せることにしたけ〜稲刈りを頼めんじゃろか・・・・・」
「あそこの稲刈りのついでに、家のも刈ってもらえんじゃろか・・・・」
こんな依頼が数件舞い込んできました。
原因は、高齢化(80歳突破)や有給休暇が取りにくくなった(せちがなくなった?)、
機械の更新時期に来ている等々です。
「ええよ!刈るけ〜。また刈る時期になったら言いんさいね」
引き受けはしたものの、この空模様いつになったら晴れるんじゃろか・・・・・。
「天気が続きすぎるけ〜、刈る頃になったら又雨が続くろ〜の」当たり!
8月21日 待望?大雨です。
そんな早朝、我が家の愛犬「アヤ」が眠るように静かに息を引き取りました。
我が家に来てからちょうど10年になります。
我が家の一員として、どこへ行くにも毎日一緒に出かけていましたから可哀想です。
数年前から、フィラリアと乳癌にかかり摘出手術をしたりしてきました。
昨年あたりから急に体力が衰えてきたように感じましたが、ガンも転移していたようです。
最近では、遠出は出来ず籾摺りをすると傍に寝ころんでいる状態でした。
それにしても、我が家の一員になってからは、家族を癒やしてくれた最大の功労者です。
子供達も小さかったので、よく一緒に遊んでいました。
近くの里山が遊び場所でしたから、其処に我が家が見えるように埋めてやりました。合掌!
8月20日 晴雨 午後、「島根県農協青年連盟50周年記念式典」に出席のため、出雲市に出かけました。
今から20年前、若干?33歳の時、島根ワイナリー(大社町)で30周年記念大会をしました。
「島根県青年農業祭」と銘打って、当時としては画期的な催しだったと自負しています。
当時の仲間と、思い出話に花を咲かせて懇親会では一杯やりました。
写真は、当時の事務局長(現○○組合長)と、横笛の先生様です。
島根農業の将来はこの若者達に任せて下さい!頑張りんさいよ!

現事務局次長さんと
8月19日 コシヒカリの刈り取り適期についての講習会が開かれました。(写真右)
30名の参加者は、炎天下にもかかわらず熱心に聞いていました。
「誰よりもまず先に、集落でまずあなたが1番に刈り取りを始めましょう」
「早刈りは美徳?遅刈りは百害あって一利なし」てな説明です。
「まだ青いけ〜の、あんまり早うにかったら2割の減収じゃけの〜」
「ほんじゃが、集落で一番に刈れちゅうのは百姓心理をついた上手い言い方じゃの〜」
「あの親父は明日から刈り出すで〜、そしたら負けたような気になって隣が続くで〜」
「まだ熟れきらんでも、競争じゃけの〜、今夜は夜が寝られんで〜」
「折角半年栽培したんじゃけ〜、刈り取り適期をよう見にゃ〜の〜」
こちらも熱気むんむん?でした。
8月18日 暑いなんてモンじゃないですよ〜・・・・・。
したたり落ちる汗をぬぐいつつ、稲刈りです。
稲刈りの時に出る埃の中に「イガ」という小さな棘のある?ものがあって、これが大変なんです。
汗と混じって「痛い、痒い」のなんのって!
「はしか〜の〜、う〜かい〜!」と、言いつつのど周りや首を掻きむしるのです。
稲刈りをする人が首の回りにタオルを撒いているのは「イガ防止」のためです。
このくそ暑いのに、首周りを解放できないとは、作業後タオルをとるとホッとします。
8月17日 本格的な稲刈りが始まりました。
ハナエチゼンはたわわに稔っています。
10日に刈り取ったものの、少し早いかなと言う感じでした。
そこで、盆過ぎから刈ることにしたのですが、暑いです。
来年は、ハナエチゼンの作付を減らします。
盆にはゆっくり休みたいですから。
8月14日 中学校の同窓会「酔い探訪の会」が、本町の「遊亀」で開催されました。
35名の出席で、大変盛り上がったそうです。(後日幹事から聞きました)
私は、二男夫婦と「愛知万博」にいくため欠席しました。
中田勝氏から写真が届きましたから掲載します。
8月12日 「新米じゃけ〜、食べて長生きしてくれんさい」てなこと言いつつ、配って歩きました。
「はあ、新米が出来たん?・・・・」
「嬉しい、盆じゃけ、早速仏さんにあげて御相伴に与るかね〜・・・・。
東京、静岡、岡山、大分、広島等々各地にクロネコヤマトが新米を配っていきました。
8月10日 晴曇 今年の稲刈りがスタートしました。
ハナエチゼンの刈り取りです。
それにしても暑いです!コンバインに乗っているだけでも暑い!
かと言って、ビールを飲むわけにもいかず、額の汗をぬぐうだけです。
終わったら冷たいビールを飲むぞ!と、思いつつ稲刈りです。
収量はというと、追肥が遅れた関係で平年作です。
「アイガモ米」の稲刈りも完了し、近日中に道の駅にて販売します。
8月9日 晴雨 3日連続の夕立です。
かなり激しい雷雨がありました。
明日から稲刈りに入る予定ですが、天候の方が気になります。
田んぼの状態は、少々雨が降っても排水は良好なので問題はありません。
どうぞ明日からは夕立が来ませんように・・・・・。お願い!
8月8日 晴雨 この1週間は猛暑でした。
土用最後の暑さにもめげず、畦畔雑草の草刈り三昧?です。
草刈りが終われば、親不孝通りに出かけて「生ビール」三昧です。
のどを越す時のあの快感が忘れられず、連日の出没です。
田んぼのイネは、黄金色に色付き刈り取りOKです。GOサインが出ました!
8月10日から刈り取りに入ります。
お盆には、ご先祖様に新米を炊いてお供えできそうです。
盆前に稲刈りが行われるのは、津和野町史に残る出来事です。自己満足!です。
8月3日

8月7日
猛暑 大変な暑さです。
この暑さで、川の水が少なくなってきました。
我田引水・・・我先にと水を充てています。
昨年も今頃は高温続きで水を我が田に引いて豊作じゃの〜、・・・・・・。
稲刈りが始まると同時に、雨と台風続き・・・・。今年も同様の予感です。
8月1日 曇晴 とうとう8月になりました。
極早生種「ハナエチゼン」は頭を垂れて色付いています。
数十羽?いや数百羽のスズメが群れをなし、畦際の穂をむしり取るように食べてしまいました。
在来種のスズメでなく、羽が金色に光るきれいな?スズメです。
近寄っても恐れず、堂々と稲穂を食べています。
民家に近いところは、爆音器が使用できませんから爆竹を鳴らして追っ払います。
想像を絶する食害による減収です!
畦際2列は収穫不能の状態です。
この上、イノシシが現れてはお手上げです・・・・・。
来年からは、ハナエチゼンの作付を辞めようかな・・・・・・。と、思ったりして・・・・。
7月29日 雨曇 転作田を含む畦畔雑草の草刈りがすべて終了しました。
と、思ったら最初に刈ったところは又草が伸びています。
「前代未聞のことが起きそうなの〜」
「今まで、盆前に稲刈りをしたことがあったかいの〜」
「見てみいや、稲穂が色づきだしたで〜」
「盆まであと2週間じゃが、稲を刈る準備はできたか〜」
「まだ作業場の片付けもしとらん段階じゃけ〜ね」
「アイガモのおった田んぼが一番先に刈れるんじゃあなあか」
「スズメとイノシシをまとめて面倒みたようなことになったの〜」
「爆音器の移動と、ロケット花火を朝打つのが仕事じゃけ〜」
お後がよろしいようで・・・・・。
7月27日 猛暑の中、集団防除作業です。
中山間地直接支払制度を利用して数人でカメムシや稲熱病の防除をしました。
作業自体は何てこと無いんですが、マスクをしているため大変に苦しいです。
広い水田ならヘリコプターによる空中散布ができるんですが・・・・。
終わった頃には、汗びっしょりです。
早速シャワーで農薬や汗を流して、水分補給の名目の生ビールをグイッと!
あ〜!快感!外の強い日差しを見ながら飲むビールはまさに快感です!
そう言えば、鷺舞神事も今日が最終日です。
皆さん暑い中お疲れ様です。伝統芸能伝承のため頑張ってください。
7月24日 ママのグループが、お隣阿東町の「船方農場」に出かけました。
命令により、アッシー君です。
行ってみてびっくり放きました。
夏休みに加えて、日曜日なのでしょうか超満員です。貸し切りバスまでいます。
子供連れにはバーベキュー?なんでしょうね。
時間待ちの間「柚木温泉」に行って骨休めです。
小さな炭酸の泡が心地よく、スベスベの肌になり若返って?しまいました。
こんなに暑かったら海に行けばいいんですが、海は疲れだけが残り?ますから・・・・。
7月23日 晴曇 台風がはるか南のほうで発生したそうです。
いよいよ台風とお付き合いする時期になりました。
台風が来る前に、カメムシの防除を済ませたいですね・・・。
コシヒカリは今が出穂の最中です。
きれいな稲穂が花を咲かせています。
「今年は豊作じゃの〜、最高じゃの〜」
昨年もそう言っていましたが、長雨と台風で結果はご案内のとおりです。
JA西いわみ津和野支所では総合展示会が開催されました。
駐車場が狭く、2tトラックは駐車するスペースが無く、行くに入ったんですが帰りました。
長嶺農機鰍ウんの展示会でもそうですが、こういう催し物には出かける人がいます。
展示会は「お祭り」なんです。
むかし、人は祭を通して情報を仕入れていた?出会いを求めていた?かな・・・・・。
7月20日 猛暑です。
津和野の町は、今日から夏祭りが本番になります。
その第1弾は「お祇園様」と昔の人は言いますが、「鷺舞神事」がありました。
「祭り晴」の追肥に精を出していたため、写真撮影に行ったときには終わったあとでした。
写真は昨年のものです。
この鷺舞神事は、弥栄神社から出発し駅前の御旅所までの道中です。
各所で、写真のように羽を広げて優雅な舞いを披露していきます。
ちなみに、この鷺舞神事に使われる大量の榊は我が家の山から供給されています。
毎年、暑い中爺と婆が山にはいって切り出します。
7月17日 山口県までは梅雨明けしましたが、梅雨明けしたようないい天気でした。
極早生種のハナエチゼンが穂揃いしたので、カメムシの防除です。
イネ科雑草に棲息するため、畦畔雑草の刈り取りは大変重要な作業になります。
畦畔の雑草さえこまめに刈り取れば被害は最小限に食い止めることが可能です。
暑い最中の草刈りは、晩酌の発泡酒がたくさんいります。
あの快感が、「今日も1日お疲れさん!」という、自分へのささやかなご褒美です?
都合のいいことを言いながら、防除後の一杯も格別ですよ!
7月16日 晴曇 夏の風物詩?長嶺農機鰍ウんの恒例になりました「総合展示会」が今日と明日開催されます。
来場された方には写真のお嬢さんが、
冷たいコーヒーをサービスしていただけますよ。
来場者には、お盆の墓掃除に使えるクマデが準備してありますよ!
7月15日 晴曇 コシヒカリが出穂しました。
昨年とほぼ同じ時期ですが、全町的には数日早いようです。
ハナエチゼンは穂揃いを迎えています。
「何と揃うて穂が出たの〜、きれいな出穂じゃの〜」お褒めに与りました。
薄日が差すようになり、梅雨明け間近です。
お天道様がカンカンに照ってこそ、お陰様のイネ作りですから!
7月11日 降り続く雨の間隙をついて、畦畔の草刈りです。
それでなくても草を刈った汁が衣服に付きますが、雨が降っているから尚更です。
「雨上がりじゃけ〜、ラッシャ〜ナ〜のう、ホウトクナ〜で、ワヤじゃの〜」ロシア語ではありません。
「こね〜な天気なのに、草刈りをせんでもえかろうに」との長老の助言?嫌み?・・・・・。
「雨が止むまで待ちゃあええのに、傘を差して肥料を撒きよる」哀れみ?バカにしとる・・・・・。
軽トラックの荷台にはお婆さんが傘を差して、動散に入れる肥料が濡れないようにしています。
いやはや隣が施肥したら、居ても立ってもいられない状態なんでしょうか・・・・・。
周囲の冷ややかな?視線を感じつつ、草刈りに励むのでした。
こんな私は偉い、いや疲い(自作文字でエライと読みます・方言でエライとは読んで字の如し)
「草刈りはブチ(ものすごく)疲しい(イタシイと読みます)の〜」あまり使いませんが方言です。
7月10日 「こらりゃ〜帰って草を刈らにゃ〜いけん様な天気になったの〜」
「バスに乗るまじゃ〜雨じゃったけ〜、安心しとったがの〜・・・・」
「はあ、此処まで来てそね〜な事あ〜言んさんないや」
中山間地直接支払助成金の視察研修に浜田市までやって来てバスを降りる頃の話です。
「浜田の方じゃけ〜、晴れとるのいね、津和野は大雨が降っとるいね」
高齢者が多いため、車中からの視察にし「アクアス」で白イルカのショーを見ることにしました。
その後ささやかな?昼食をとり、お魚センターでお土産を買いました。
「まあ、一杯やって楽しゅうに面しろうに話しゃ〜、それでええけ〜」
なごやかな視察研修でした。
7月9日 興源寺の本堂改築、庫裡新築の落慶法要と供養がありました。
朝からあいにくの雨でしたが、総代はじめ檀家の方々が集まり祝賀会が行われました。
それに先立ち、子育てについての記念講演も行われました。
7月8日 今日もいいお天気です。
中山間地助成金直接支払制度の門林工区の総会がありました。
決算予算すべて承認し役員の留任を決めたあとは恒例の一杯です。
また、高田工区では畦畔の草刈りが開始されました。
この期間中は県下一斉の草刈り(カメムシの防除効果)が実施されます。
県道沿い、町村道沿い、河川も含めて草刈りが実施され効果を上げています。
百姓仕事で辛いのは昔は田植え、今草刈り?
7月7日 久々に30℃を超えました。
草を刈る汗も心地よいものがあります。
しばらくはこの天気続いて欲しいのですが・・・・・・・。
極早生種「ハナエチゼン」の出穂(はしり穂)が確認できました。
あと数日で出穂が加速され、穂揃いを迎えることでしょう。
「稲の腹がごつうに膨れとる思うたいや」
「去年よりやっぱり早いのう」
「8月20日頃、盆を過ぎたらすぐ稲刈りじゃの〜」
今日は七夕です。田舎は来月ですが・・・・。
あなたは七夕の短冊に何と書きますか?
やはり家族の健康?五穀豊穣?労せず金が儲かりますように?・・・・・・・。
稲の花が咲く頃、どうぞいいお天気でありますように!
7月6日 贅沢を言ったらバチがあたりますが、よく降りました。
今日は朝から気持ちのいい天気でした。
何日も晴耕雨読を重ねましたから、久しぶりに野良仕事?をした気分です。
草刈り機で畦畔雑草の草刈りをしました。
皆さん待ちかまえていたように、あちこちで追肥や草刈りをやっています。
太陽が照り輝くと、気持ちまでスカッとします。が、時々は雨が降らないと・・・・。
大正15年の今日、「今日は何の日」ではないのですが親父が生まれたんです。
満79歳の寅年です。数えでは傘寿の祝いになります。が、米寿までお祝いはまってね!
「わしゃ〜、雌虎じゃけ〜、女房が雄羊じゃけ〜・・・・・・・・」これが口癖です。
7人兄弟の長男に生まれ、父親は戦地、母親は病弱でした。
戦中戦後の我が家を切り盛りした苦労人です。
「今は、今となってみると苦労したとか辛かったとは思わん!」
兄弟が集まって一杯やるときには、こう言って楽しく飲んでいます。
かなり年を取りましたが、毎朝ゲートボールに精出すこの頃です。
もう少し長生きして、田んぼの周りの草刈りをやってね!お願い!
HAPPY BIRTHDAY TO TAKANE!
7月4日 40歳になったとき、初めて金比羅参りに行く機会がありました。
「お前も厄年が近づくけ〜、前厄、本厄、後厄に金比羅さんにお参りして
大病せんようにお祓いを受けちゃ〜どね〜か・・・・・・」という助言?があったからです。
まだ山陽自動車道が全線開通していなかったので、柳井から松山までフェリーでした。
松山から国道をひた走り桜千里という山越えをし、りんりんパークで一服です。
それから開通したばかりの松山自動車道で伊予西条IC〜善通寺IC経由で琴平まで行きました。
参道沿いの土産物屋の駐車場に強制的に駐車させられて、本宮を目指しました。
石段沿いの土産物屋のおばさんの呼び込みにも心を惑わされることなく、ひたすら登りました。
讃岐富士を見下ろす境内に立ったときの心地よい快感が、毎年訪れることになったのか?
神前で金の御幣を一人一人体に当ててのお祓いをいただき、又一段づつ降りていきました。
老舗のやり手婆さんがあまりにもしつこいので、しょうゆうどんに舌鼓を打ち一息です。
善通寺にお参りした頃には、日が暮れる寸前です。
琴平まで帰り、ホテルに泊まることにしました。
石畳の参道は店が閉まり昼間の賑わいはありません。
裏の川沿いにはネオンが灯り、男性天国の場所も数件あります。
「魚と地酒の店 小染」の看板に引き寄せられて店内に入っていきました。
ホッとするような店の雰囲気に、一気に盛り上がって熱燗の地酒がすすみます。
そんなご主人とのやり取りが今日まで続いていることは言うまでもありません。
毎年、竹風軒の源氏巻をお土産に「マスター、今年も又来たよ!」と、一杯です。
下手な文章より、プロの書いた美味『小染』を読んで雰囲気を味わってください。
あれから15年、毎年正月休み(夏の時もあった)にお参りしています。
今では、奥社まで足を延ばして原生林?のトンネルをくぐっています。
勿論、ママも一緒のことは言うまでもないことです!
今日、そんなご主人から特産のソーメンが届きました。
有り難く御相伴に与らせていただきます。ご馳走様です!
7月3日 窓の外は時々激しく雨が降っています。
そんな中、「小川地区民健康づくり大会」が開催されました。
地区民が各自治体単位にチームを構成して各種ゲームに挑戦しました。
7月2日 何も言うことはありません。
有り難い雨が降っています。
降雨感謝!豊作祈願!
7月1日 待ちに待った雨がまとまって降っています。
かなり強い雨脚の時もあります。
トタン屋根がバンバン音を立てています。
川の水が濁って少しばかりですが増えています。
田んぼすべて落水して歩きましたが、半日仕事です。
「ええ潤いじゃね〜、有り難い事じゃ」
「これで畑も田んぼも元気を出すけ〜」
「長雨にならにゃ〜ええが・・・・」贅沢を言いさんなよ!
6月30日 雨曇 てるてる坊主がきいたのかどうか、久々に雨らしい雨が降りました。
が、今までの乾いた部分すべてが潤ったかな?程度です。
いやいや、文句を言ったらバチがあたります。有り難いことです。
夕方から雨が上がり、「夏越しの大祓・茅の輪くぐり」が弥栄神社でありました。
(和崎賢司さん撮影・CANON Eos-Kiss D)
久しぶりにママと手に手を取って出かけてみました。
境内には、浴衣姿の家族連れが大勢茅の輪をくぐっていました。
8の字を書くようにして茅の輪を三度くぐり、お参りします。
かつてない空梅雨だったため、雨が上がるのを待ちかまえていたようでした。
「この夏の暑さを無事乗り越えることができますように!」お願いしてきました。
これでこの夏は万全です!早速屋台の生ビールをグイッと、美味いのなんの!
津和野では、「茅の輪くぐり」の今日から浴衣を着る習慣があります。
6月29日 今にも降り出しそうな気配があったのに、雨が降りません。
やっと降ったと思ったら、数分間で終わりです。
これはでは雨が降ったと言うことにはなりません。
25a(ハナエチゼン)の田んぼからアイガモが引っ越ししました。
「はあ、アイガモもご用済みか〜、よう働いとったがの〜」
「今年のカモはイネを食わんかったのう〜、去年はようイネを食いよったが」
「少し早いんじゃが、捕まえられるとき捕まえんと戻ってこんようなるけ〜」
「残飯があったら、アイガモに持って行ってくれんさい」
6月28日 曇晴 田んぼ(10a)のアイガモが仕事を終えました。
転作田5aに引っ越しです。(右の写真)
ネットを張ったり水を張ったりして、夕方無事引っ越しました。
まだ25aの田んぼのアイガモは田んぼで活躍中です。

雨が降りそうな空模様ですが、雨が降りません。
やたら湿気ばかりが気になります。
昨日の生ビールが一気に吹き出してきました。
6月27日 曇晴 午前中、農業共済組合の部長会がありました。
午後、JA西いわみ津和野支所管内の野菜部会の総会がありました。
10数年前まで一緒に「牛の削蹄」をされていた長老(享年89歳)が亡くなりました。
ということは、70歳過ぎまでは現役で削蹄に従事されていたことになります。
私の師匠とも言うべき先輩であり、葬儀に参列しご冥福をお祈りしました。
小さな体にガッツがあり、牛をこよなく愛した方でした。合掌。
6月26日 昼前、小雨が言い訳程度の降りました。
頑固にこの地域は降ってくれません。
雨雲らしきものは出るのですが降りません。
ここ数日湿気がひどくなってきましたから、梅雨なんでしょうが・・・・・。
天気予報では、降りそうにありません・・・・・。
雨よ降れ!雨よ降れ!
6月25日 なんと37℃まで上がってしまいました。
暑いですね!労働意欲がわかん!異常気象です!
台風がいっぱい来る予感、稲刈り時期は長雨の予感・・・・・・・・・。
極早生種「ヒメノモチ」「ハナエチゼン」の幼穂を確認しました。
2〜5oの幼穂ができています。
早速追肥をしました。
まだまだ雨の降る気配はないので、水の駆け引きが思うようにできません。
それにつけても、暑い!雨よ降れ!雨よ降ってください!お願い!します!
6月24日 「第7回JA西いわみ通常総代会」が開催されました。
提案された議案はすべて可決承認されました。

毎日暑い日が続いています。
「暑いね〜、雨が降らんね〜」が、挨拶代わりになっています。
誰が悪いんでしょうかね・・・・・・・・・・・・・・。

そんな中、いよいよ津和野にも大手の「コンビニ」ができる?そうです・・・・・・・・。
ホームセンターもない、コンビニもない野暮ったい町がチョットばかり・・・・・・・・・。
土木関連会社の相次ぐ大量リストラで不景気風が吹き荒れる中、明るい話です。
ただし、本当にできたらの話ですが・・・・・・・・・。
6月23日 津和野中学校の昭和42年3月卒業の同窓会が開催されます。
「酔い探訪の会」という名前の同窓会で、3年ごとに開催されています。
当時178名のクラスメートはみんないい年になってきました。
特に頭には顕著に現れてきました。
今回は何名の出席があるでしょうか?みんな帰ってきんさいね〜。
詳細は、「酔い探訪の会」までリンクしてね!
6月22日 雨乞いも効果なく、晴天続きです。
午前中、集団検診です。
「少しアルコールを控えてください、休肝日を設けてください」
「体重が少し多いかな?でも、健康そのものお大事に」
夜は小川体育連盟の総会です。
総会後、ソフトバレーのリーグ戦が始まりました。
各集落や家族チームなど多彩な出場チームが11月まで熱戦を繰り広げます。
上千原チーム 試合の様子
試合結果は、小川公民館の活動までリンク下さいね!随時結果報告します。
とりあえず、和田チーム相手にまず1勝しました。
6月19日 雨よ降れ!雨よ降れ!

六日市町の高津川資源地で毎年恒例の「水源祭」を行い、雨乞いをされたそうです。
毎日毎日晴天続きで川や谷の水が無くなってきました。
堤は干からびて、「我田引水」が目前ですよ!
あと10日くらいでハナエチゼンは幼穂形成に入りますが、それまでには雨よ降れ!です。

水源地の一本杉
6月18日 JA西いわみの展示会が匹見温泉でありました。
帰りには匹見、美都町内各地のアイガモ田を見て回りました。
美都町内の某氏のアイガモは大変良くなついており、他人でも寄ってきます。
アイガモ田の周囲は電気ネットで囲われており、外敵が多いことが想像できます。
周囲の畦畔に畦シート(ネット状)を被覆しており、草刈りの手間が省略できそうです。
このシートは大変高価ですが、対応年数が5〜7年ですから試験的に導入したそうです。
6月16日 どこかでは雨が降ったような天気です。
先日、町内で中干しを中心とした稲作講習会が開かれました。(写真)
ヘルシー米生産者が集まって、普及センターの指導を受けました。
「それにしても、雨がふらんの〜」
「天気がよすぎたけ〜、稲がかぶを張りすぎたの〜」
「何か、去年と同じ天気にならにゃ〜ええがの」
「稲の下葉が黄色うなったけ〜、相談したら酸素不足言われた」
「酸素を補給する資材を田に散布せえいうことじゃった」
「サンテツの重いことちゅうたらなかったで」との話です。
「あんた田を干したかね?」
「いや、全然干しとらんで」
「田の中に入ったら、ブジュブジュ言うてガスが湧いとる」
「中干しを徹底してやったら、サンテツなんか撒かんでもすむがね」
「指導する者は、経費のことなんか考えとらんけ〜ね」
「また要らん金をつこうてからに、もったいなあの〜」
「まだ普及センターがおるけ〜、言うちゃあいけんの」
「そね〜な金があるんなら、孫にええもん買うてやりんさいや」でチョ〜ン!
私語しとらんと、指導をよう聞きんさいね!
6月12日 田植え後の管理作業も一段落したので、金刀比羅宮に行きました。
今回で15回目の金比羅参りになります。
毎年正月にお参りするのですが、今年は二男の結婚準備があり延び延びになりました。
朝8時に出発し1時間もかからず本宮に到着しました。
それから、1時間かけて奥社までお参りしました。
昨年の台風の被害があちらこちらあり、修復作業が行われています。
本宮から奥社までは、数百年の楠と樫の大木が参道のトンネルを形成しています。
奥社をお参りし、本宮で家内安全のお祓いを受けました。
又石段を下りて行き、名物しょうゆうどんで昼食です。
帰路、いつものことですが善通寺にお参りします。
四国路や山陽路は今から田植えが始まるところでした。
6月11日 朝起きてみると、待望の雨です。
早速川に行ってみると、わずかばかりですが水位が上がっています。
有り難い!有り難い!です。
「今日は、ゆうにするか〜」と、親父が起きるとの一声です。
こんなにも待ちに待った雨ですから、感謝しなければ・・・・・・。
これで稲も野菜も元気を取り戻すことでしょう。
元気を取り戻して欲しくないのは畦畔雑草です。
「畦草が伸びるの〜、又草刈りじゃ・・・・・」
午後、金比羅さんに向けて出発!
6月10日 空模様が怪しくなってきました。
川の水も少なくなってきています。
ニュースによると、水道水の一時放水により田んぼに水を供給する自治体が現れました。
粋な計らいをするもんです。
川の水が少なくなってきたため、水路に魚が迷い込み始めています。
今日は最近見ることが出来なくなった「ゴッポツ」(写真)が水口に引っかかっていました。
この魚は小川の中ではどう猛な魚ですが、釣りやすい魚でした。
標準名は「ドンコ・イシドンコ」と呼ばれている魚でしょうか・・・・・?
昔は川に沢山いたんですがね〜・・・・・。
昔はという言葉を使うようになって黄昏れてます。
夜半からは雨が降るんじゃないでしょうか・・・・・・・・。雨よ降れ!
6月8日 JA西いわみの実行組合長会が開かれました。
平成16年度の決算報告、17年度の事業計画、総代会の開催、出資増強運動等について
説明があり、質疑がなされました。(写真は執行部・支所長・組合員)

広島球場に行く途中、国道191号線沿いに新名所が出来ていました。
旧匹見町道川の豪農?庄屋屋敷ですが元副知事美濃地邸が復元されていました。
あの電柱邪魔ですよ。撤去してください。

夕方からは、広島対福岡ソフトバンクのナイトゲームを観戦です。
ラッキーセブン風船が舞います。
セパ交流戦がある間は、「毎日が日本シリーズ」ですから。広島が逆転負けでした。




6月6日 「雨が降らんのう」が挨拶代わりになってしまいました。
5月は2日しか雨が降りませんでした。
「秋は、昨年同様大雨じゃろ〜の」と、もう秋の稲刈りの心配です。
その前に、中干しの徹底を忘れないようにして下さい。
晴天が続くので、未だ中干しがしてない圃場が8割方ありますよ・・・・。
6月5日 田植えが終わったので、「泥落とし」です。
千原天満宮に集まって、周辺の草刈りをしました。
その後、宮司さんと総代さんで豊作祈願を行いました。

農休日なので、湯田温泉までリフレッシュに行きました。
ジェットバス、電気風呂、打たせ湯、サウナ等々4時間かけてノンビリです。
火照った体に生ビールがどんどん流れ込みました・・・・・・。
打たせ湯に打たせすぎて、クビ周りが痛いのなんの・・・・・・。限度があります。
6月1日 上千原自治会の「健康教室&料理教室」が開かれました。
血圧測定や健康体操、食生活についての話がありました。
かつては老いも若きもでしたが、今は老いも老いもが集まっています。
健康体操をするにも、「腰が曲がらん、腕が上がらん・・・」ですから。
集まったら「おい一杯やろうで」だったのが、「酒は要らん」ですから・・・・。
昼には、皆さんが作ったカレーライスに舌鼓を打ちました。
ビール40本、酒一斗飲んでいたのが嘘みたいです。
5月31日 今月も終わりました。
田植え後の草刈りが始まりました。
気温は27℃くらいあるんですが、湿気がないので暑さが気になりません。
草を刈ったとの田んぼは本当にきれいです。

ツバメが巣立っていきました。
来年春にはこの内の何羽が帰ってくるんでしょうね。
田んぼの近くのグミが赤く色付いています。
小さい頃ですが弁当箱を持って行き、赤くなったグミを山盛り摘んだものです。
今頃はただただ観賞するのみです。贅沢になったものです・・・・・。
グミが色付く頃と、ホタルが飛び始めます。
昨日あたりから数匹目につくようになりました。
5月30日 先ずは右の写真をご覧下さい。
今日の田んぼの様子です。
「何ちゅうても、あね〜に田を干してからに・・・・・・・」
「どひょうしもな〜、大けな大干割れで・・・・・・・」
「あっとうに足跡も出来ん程干してから・・・・・・」
「あれじゃあ、分けつもようせんけ〜の・・・・・・・」
「このええ天気に、水も充てんと田を干してからに・・・・・・」
外野席の評論家の話を、ざっとまとめてみました。まあこんな事らしいです。
「あんとうに干して、しゃあなあか、皆たまげとるでよ・・・・・・」
「今日から畦畔の草刈りをするけ〜、そのついでに水を充てるいね」
いやはや、出作が話題を提供してしまったようです。
当分注目?か、失敗すりゃ〜ええのにの〜、の期待?を一身に受けて・・・・・・。
5月28日 ツバメの雛が顔を出してきました。
今年は5羽が孵えました。
軒先にツバメの巣が出来る頃に代掻きが始まります。
忙しさにかまけていると、いつの間にやらひなが「ピーチクパーチク」鳴いています。
親ツバメがセッセセッセと餌を運んでいますが、ツバメでも子育てに一生懸命です。

夕方、「ジ〜ちゃん、帰ったよ」と娘が孫を見せに来ました。
危なっかしいですが、伝え歩き?を始めました。
たまにしか見ないので、成長する様子がよく分かります。
「今度来たときには、歩くようになるの〜」ジジバカ?でした。
5月27日 アイガモが田んぼにデビューしました。
我が家に来てから10日目です。
暖かい日差しを受けて、田んぼの中を泳いでいます。
今年で4年目になる「アイガモ農法米」ですが、初心に帰って取り組んでいきます。
「アイガモ農法米」は、4年目からは「アイガモ米」として表示させていただきます。
今年は、「アイガモ米」の通信販売に取り組みます。
8月25日頃には新米として、販売できることと思います。詳細は後日。
5月26日 午後、津和野町立畑ヶ迫小学校の先生と児童がアイガモを迎えに来られました。
生徒を代表して、村田君と山田君がアイガモ3羽連れて帰りました。
学校に帰ると、アイガモは田んぼに行って活躍するそうです。
畑ヶ迫小学校の「アイガモの田んぼ記録」は時々お知らせ出来ると思います。
児童数10名にも満たない小さな学校の取り組みにご声援下さい!

我が家のアイガモも明日から田んぼに出られそうです。??????
5月25日 今日から中干しを行います。
この時期に中干しをする人はあまり見かけませんが、やります。
稲の葉先が色落ちするのが目安で、天気の続くのを見計らって行います。
まだ気温が真夏並みに上がりませんから、表面にひび割れが生じる位まで行います。
この時点で、長靴が土の中に埋まらない位の堅さにするのが理想です。
オタマジャクシを死滅させるのも目的の一つです。
もうすぐカラスが雛を孵します。
ヒナに餌をやる、自分も体力回復のため死にものぐるいでオタマジャクシを追いかけます。
それで、カラスがまだ軟弱な稲株を踏み込む事が起きるのです。
温度が上がり、鋤込んだ稲藁が腐敗し始めガスが発生します。
そのガス抜きもこの時期の中干しが有効です。
この理論は我流ですからマネしないように、普及員の指導による稲作をお薦めします!
5月24日 何ちゅう寒さ!12℃くらい。
アイガモのネット張りをやるのに、寒くて寒くてかなわん。
「はあ、おこうで、さぶうてかなわん・・・・」
「明日、明日・・・・」てなことで、早めに切り上げました。
夜は、中山間地助成金直接支払制度の説明会にいきましたが・・・・・。
いつも思うんですが、お役所仕事の助成措置。
そんなに難しくしないで簡単明瞭に助成金を出せばいいじゃない!
「さぶいけえ、一杯やりに行こうやあ」との誘い?誘ったくせに・・・・・。
いつものカウンターで、お湯割りの焼酎を一杯。
後ろの方では、津和野商工会の総会上がりが二次会をやっております。
この時期、各組織が総会をやりますね〜。
JA西いわみの総代会はいつだったかな?
「それどころじゃなあよ、恐怖の共済推進月間がやってくるけ〜」との職員の声。
そう言えば、共済推進が終わった頃「JA辞めたい症候群」がでるそうな?・・・・・・・。


5月23日 津和野町田二穂(中原)の田んぼで、津和野幼花園の園児が田植えに挑戦です。
元気な声がするので行ってみると、園児や保護者が田植えをしていました。
JA青年部主催で、毎年園児と田植えを行っています。
田植機に乗る体験コースも人気で、歓声を上げていました。
秋の収穫後、みんなで餅つきをするのだそうです。
5月22日 田植えも終わり、各地区では「泥落とし」が始まっています。
氏神様に今年の豊作を祈願して、みんなで田植えの労苦を労います。
「あそこの田んぼは活着が早いが、水管理じゃろうかの〜」
「今年は初期の除草剤がよう効いたの〜」
「白鷺がオタマジャクシを食いに来て稲を踏み込むけ〜やれんで・・・・」
「早めに中干しをして、オタマジャクシを殺すのいね」
「分けつするまでにオタマジャクシを殺しといたら、カラスもサギも入りゃあせんよ」
「この前草を刈った思うタラ、はあ刈らにゃあじゃけの〜」
「百姓は稲に限らん、草とのケンカいね」
「コンクリ畦にしたら草刈りはせんでええが、機械が傷むけ〜の・・・・」
「建設業も、町内で50人くらいリストラされたらしいで・・・・」
「今月いっぱいでクビちゅうとった・・・・」
「儲けるだけ儲けたら、用なしかね・・・・」
「建設業のえかったのは10年そこそこじゃったのう、県道の萩線改良があったけ〜の」
「日原と合併したらようなるんかいの・・・・・」
「百姓も10年くらいええ時はなあかの〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そね〜にええ事があったら、後継者が残って百姓をやっとるわ〜や」
てなことを言いながら一杯やってしまいました。お後がよろしいようで!
5月21日 晴曇 昨日から2日がかりで苗箱を洗いました。
これで、すべての片付けが完了です。
明日からは、畦畔の草刈りが始まります。
やっと一息はありません。次から次に管理が待っています。
5月20日 初夏の陽気が漂っています。

そんな中、苗箱1600箱の洗浄開始です。
今日から明日にかけて洗浄機に通していきます。
1分間に2箱洗浄しますが、大変な時間を要します。
洗った箱は太陽熱で乾燥させ、来年まで倉庫に積み上げておきます。
5月19日 今日から、中期の除草剤を散布します。
高温障害が出ないように気をつけながら、散布します。
「さあ、散布するぞ!」動力散布機が調子悪い、ガクッ!
「去年手入れせんこうしもうたろう」「ハイそうです・・・・」
15aの田んぼ3枚に5kgの除草剤を散布していたところ最初の田んぼで無くなった。
「あれれ、大変だ〜・・・・・・・・」
原因は流量調整レバーが摩耗して甘くなって連結しているところが外れたためです。
しょうがないので、薬害が起きないように水の掛け流しをすぐしました。
「あ〜あ、1万円がパ〜・・・・・・、2〜3日の飲み代がパ〜」今月は飲みにいけんかな?
5月18日 大風

夜半から暴風雨?空風が吹きまくっていました。
夜明けと共に、雨が降ってきました。
そんな中、JA西いわみ美都支所までアイガモくんを迎えに行ってきました。
我が家に帰ってからは大歓迎です。
餌や水を与えると元気いっぱい食べて飲んでいました。
夜は寒いといけないので、暖房をします。過保護?
アイガモの活躍する田んぼのネット張りが始まり、忙しくなります。
5月15日 春の田植えが無事終わり、秋の五穀豊穣を祈願して参りました。
太皷谷稲成神社の大祭です。
善男善女が仕事を休んでお参りしていました。
露店も出て賑わっています。
昨日、無事田植えが完了し今日一日骨休めです。
と、言うことで湯田温泉に行ってきました。
ノンビリゆったり温泉で疲れを癒し?火照った体に冷たいビールが美味い!
夜、昨日の埋め直しで一杯。
5月14日 晴曇 28年前、今日結婚式を挙げました。
誰が?って、パパとママです。
カラオケがない頃ですから、生オケと手拍子でドンチャン騒ぎでした。
どんな台詞を吐いてごまかした?かはご想像にお任せして・・・・・。
あまりケンカもせず、続いておりますが・・・・・・・。
来年は30周年ですから、どっか行こうかな・・・・・・・・・。
夜は、結婚記念日をお祝いしていつもの所で一杯やる約束でしたが、ゴメン!破った。
あ〜あ〜。
5月4日
から
田植えの総括
今年の田植えは、天候に恵まれて順調に仕事が出来ました。
早く植えた稲は、活着が早く元気いっぱいですよ。
「今年は苗の伸びが悪いけ〜、いっそも長うならんの〜」と、会う人が言います。
確かに10cm程度の苗の長さです。
「短い苗を植えた方がええんよ、短い苗は3日あれば活着するけ〜」
「代掻きが荒ましいけ〜、高い低いがあって低いところは苗が沈んでしもうとるけ〜」
「長い苗を植えたら、フニャラフニャラしていつまで経っても活着せんけ〜ね」
30年箱苗を作ってきましたが、苗作りは難しいですね。
10〜12cmの長さの苗が植えても植えやすく、活着も早いようです。
田植え時期の話が出ます。
「登熟期や刈り時期が高温なので遅く田植えをするように・・・・」との指導ですが。
「連休中に田植えが終わるようにせにゃ〜、若あもんが休みのときせにゃ〜」
「田植機が導入されて30年、あの頃は台風も10月じゃったけ〜」
「台風前に稲刈りをせにゃ〜言うんで、コシヒカリを植え始めたら台風が9月に来だした」
「地球の温暖化か何か知らんが、半月早うに日本がなっとるけ〜、
半月早うに田植えをせにゃあいけんのいね・・・・」てな珍説?も。
品種の話です。
「青木んとこは、極早生ハナエチゼンをらっせ(ものすごく)に、植えたそうな」
「スズメとイノシシをまとめて面倒見るちゅうことじゃろうかいの〜」
「コシヒカリ一辺倒の作付体制を見直さにゃあいけんかも知れんのう」
「皆が早う稲刈りをするけ〜、遅物(晩生)は作れんけ〜」
「この調子で行ったら、稲刈りは8月いっぱいで終わる時代になるで・・・・」
「来年から、何とか言う新品種が登場するらしいが、どね〜な品種かの〜」
高齢化の話です。
「一昔前の50〜60歳代が80歳以上に皆なっとるが、こいつらが現役のオペレーターじゃけ」
「運転も危なかしいのが、いっぱいおるで・・・・」
「あね〜なんが路上を走っとるが、人でも跳ねたら補償が大変で」
「田んぼの出入りさえ、まともにできん、しばらく考えてギアチェンジするんがおるけ〜」
「10数年後は、こんだ〜わしら〜が言われるんじゃろ〜の〜・・・・・」
今年の作柄占い?
「酉年は荒れる言うけ〜、去年に引き続いて秋は悪いかも知れんで!」
「だいたい悪い年は2年続くけ〜の」
「今年は、秋がようなけにゃいけんがの〜・・・・・」
「何を言いよるかい、百姓は今の今まで良かったことはありゃ〜せんは〜や!」チョ〜ン!
5月3日 晴曇 この3月結婚した二男の嫁さんの、顔見せを行いました。
田植え時期なので、夜でしたが近所と親戚30名お呼びして一杯やっていただきました。
二男夫婦は明日はもう名古屋に帰ります。
5月2日 晴曇 体の調子がイマイチです。
二日酔いではなさそうですが・・・・・。言い訳かも。
脂汗がタラタラ、悪寒がする。おかしいな〜。
熱っぽいじゃあないですか。
和ア医院に行って診てもらいました。
早速点滴です。田植えの真っ最中に、日程に穴を空けられません!
今夜は真面目に早く寝よう!
5月1日 雨曇 メーデーだそうです。
働く人の祭典?集まって気勢?寄生しているのは○○と○○の職員だけじゃない。
みんな働いているんですがね!
メーデーに参加できる職場の人は、田舎では上流階級?の人々です!
そんな暇があったら、田植えの準備でもしんさい!
てなこと思いつつ、雨の中田んぼの周囲の草刈り、代掻きです。
夜は、帰省した長男と一杯やりに夜の町へ・・・・・。
4月29日 田植えをするの汗が出ます。
なんと、32℃ありました。真夏日の猛暑?です。
朝早くから田植え三昧です。
昼前、田植えをしているところに二男夫婦が帰ってきました。
朝早く出発したそうですが、苗運びや苗箱の片付けを手伝ってくれました。
夜は、恒例の一杯です。
孫も来て、賑やかななかでの一杯は格別です。
また、明日は早くから田植えです。
4月28日 明日からゴールデンウェークが始まりますが、田植えも一斉に始まるでしょう。
連休前の今日は、真夏日です。
田植えをしようと思って水を少なくしたため、水のないところはカチンカチンになっています。
どうにかなるでしょう・・・・・・。
極早生種のハナエチゼンの植え付けが終わりました。
刈り取りは、順調なら8月22日頃の予定です。
明日からは早生種のコシヒカリの植え付けが始まります。
あれだけあった水位が、ここ数日の天気でかなり下がってきました。
田んぼに水が入れば、簡易ダム?の働きがあって水量確保できるんですが。
子供達も明日帰ってきます。
せっかくのGWなのに田植えの手伝いに充てては可哀想な気もします。
爺も婆もパパもママも子供達の元気な姿を見るのが楽しみです。
今年は、孫が増え、嫁が増え賑やかな連休になるでしょう。
連日連夜の一杯が楽しみですね〜。
4月26日 今日から明日明後日と田植え三昧の予定でしたが、物事予定通りには行かんです。
「明日、植代を掻いてくれんろうか・・・・・・」
えええ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ほいなら、明日の午前中代掻きに行くいね」てなことで、残業です。
日はどっぷりと暮れ、周りの注目が集まります。
「おい!ええかげんにおけよ!」
なにしろ、ライトを付けて田植えをしているんですから・・・・・・・・・・・。
私も初めてですよ、ライトを付けて田植えをするのは・・・・・・。
しかし、ライトを付けてもスジが見えないんですから・・・・・。
しばらくすると、肥料が無くなったという点滅です。
エンジンを止めて、肥料を取りに行きます。
これで田植えを止めたと周りの人は思います?・・・・・・・。
数分後、また田植えが再開されて顰蹙物でしょう?
「よう、遅そうまで頑張るのう〜」との評価は、まずないでしょう。
そんなもんです、今の田舎は・・・・・・・・。
これは止めるしかない、と言うわけであと少しでしたが止めて帰りました。
遅くまで、ごめんなさい!
4月25日 午後、今年初めての田植えをしました。
田植機の調整を兼ねての田植えですから30a程度の田植えです。
早速、田植機の油圧の不具合がありました。
長嶺農機鰍ウんに来ていただき、事無きを得ました。
これで今年の田植えは快適かつ快調に進行しそうです。
施肥送風の異常も見つかりましたが、収納時の整備点検が適切でなかったためです。
さあ!植えるぞ!
4月24日 田植え前の代掻き(植代)も晩生を残してほぼ終わりました。
晩酌を兼ねて野球を観ながら一杯やっておりました。
2000本安打、500号本塁打の達成間近で賑やかなことです。
野球を観ていて思うんですが、私だけでしょうか?
所かまわず唾を吐く選手の多いこと!
自分たちの仕事場に唾を吐くのは如何なものか・・・・・。
牛じゃああるまいに、クチャクチャ下顎を動かしてみっともなあ〜。
青少年が憧れるプロ野球がこのざまではね・・・・・。
野球選手は紳士たれ?誰かが言ったらしい・・・・・。
新球団は早くも転落?120敗達成の確立90%?
話題は、メジャーリーグに行くはずですね・・・・・・。
それでも、晩酌の一杯は野球を観ながらが楽しいんですよね!
4月20日 雨晴 昨夜の風、すごかったですね!
夜半、トタンやベニヤの吹き飛ぶ音がすごくハウスのビニールが引き千切れそうで・・・・。
様子を外に見に行くも、真っ暗闇で物が飛んでくるんで危なくて成り行き任せ。
前の日にしっかりと対策を立てていたので、何事もなく済みましたが・・・・。
田んぼには、案の定トタンが数枚飛んできています。
久しぶりの雨なので、午前中は骨休め、午後からは草刈りです。
4月19日 連日真夏日が続きます。
チョット暑いなと思うと25℃を超えています。
それでも田植え前の重要な、かつ最大の難所?田んぼの周囲の草刈りです。
連日朝から晩まで草刈りですが、少々バテ気味です。
「今年も田植えを頼むけ〜、いつでもええけ〜植えてくれんさい」
出会う度に田植えの依頼が舞い込みます。
「今年は、5月の連休中の田植えが多いけ〜、希望通りいかんかも知れんよ」
「まあ、適当に代掻きしとくけ〜頼まあね」との会話ばかり?
田植えを頼まれた家の田んぼを見て回るのも仕事の内です。
4月4月17日 「最近、ホームページの更新が進んどらんようですが・・・・・」のご指摘。
申し訳ありません。
仕事も忙しいのですが、家庭の取り込みがありまして・・・・・・・・・・・・。
「愛家庭無罪!」
4月12日 雨曇 朝から霧雨が降り肌寒い1日です。

予定通りの日程で順調に荒代をすべて掻き終えました。
20日頃から、植代を掻いていきます。
予定では、25日から田植えが始まります。

午後、苗をハウスに出しました。
4月11日 花冷えという言葉がぴったりの風と雨が降り続きました。

ハウスの中の苗もさぞかし寒いかなと思ってみると、ハウス内は15℃ありました。
元気よく寒さに耐えながら?大きくなっています。

早く出した苗は、色も付きスクスクと育っています。
出したばかりの苗は、まだ白く芽が出たばかりで1センチくらいです。
4月10日 晴雨 風が強いのですが、暖かい日中でした。

「流鏑馬神事」が鷲原公園内の馬場で行われ、大勢の観光客で賑わいました。

気温が25℃にもなり、観光客の中には半袖やタンクトップも現れました。

午後遅く、夕方から風雨になりましたが河川敷で花見をやっているグループがありました。
4月9日 暑いのなんの、26℃ありました。夏日です。
桜が満開になりました。
津和野大橋付近の桜は本当にきれいです。
あちこちで花見が始まっていますが、我々は「居酒屋蔵」で一杯です。
日中は、代掻きがあるので夜出かけます・・・・・・。
「孫が来たときくらい家に居りんさい」の罵声?を背に受けて・・・・・・・。
悪りいジジじゃの・・・・・・・・。
4月6日 本格的に代掻きが始まりました。
出作が多いため、人より早めに代掻きをしておきませんと水の取り合いになります。

「腰やら膝が痛いけ〜、代掻きをしてくれんさい」との依頼が舞い込みます。
早速行って片付けて来ます。
何か暑苦しいなと思ったら、エアコンのVベルトが切れていました。
暑いはずです。蒸し風呂状態です。

運転席から見た田んぼ
4月5日 我が家にも、ツバメがやってきました。
これからの数ヶ月は、アオダイショウとの戦いです。
今日は朝から気温が上がり、20℃になりました。
ハウスの中は50℃にもなりました。
急いで換気しましたが、なかなか温度が下がりません。
そんな暑い中、今年初めての苗出しを行いました。
4月3日 曇雷雨
旧暦のひな祭り(桃の節句)が今日です。
我が家の昔からのおひな様も飾ります。
子供が小さいときは7段飾りでしたが、大きくなってからは人形だけ登場します。
昔のおひな様は、風格があっていいですよ。
孫の所のおひな様も、今日が本番です。

「小川地区民体育館」の竣工式が行われました。
式典のあと、こけら落としは地元の奴行列が繰り出しました。

上千原自治会の「17年度総会/花見」がありました。
総会後の、花見は婦人による手料理に舌鼓を打ちました。
会場の外は、雷雨で横殴りの雨です。
体育館の竣工式
自治会の総会
4月1日 今日から4月。
すべてに新しいスタートです。
そんなわけで、今年の稲作もスタートです。
極早生「ハナエチゼン」300箱、「ヒメノモチ」60箱播種しました。
「日曜日にゃ〜、雨が降る言うとるけ〜、すまんが荒起しをしてくれんかの〜」
「子供も、年度初めじゃけ〜、帰られん言うとるし・・・・・・・」
「今度雨が降ったら、お手上げじゃけ〜、ケイカルを婆さんとまいといたんで・・・・・」
「昼からやっとくけ〜、安心しんさい」
「そりゃ〜、願ったり叶ったり、代掻きまで頼むかも知れん・・・・・」
こんな春は初めてです。
3月31日 天気が続いています。
秋に荒起しが出来ていない田んぼで、一斉にトラクターが活動し始めました。
「表面は乾いとるが、底はまだじるい(軟弱)のう」と、言う声が。
「早あことをせにゃ〜、3日から水を充てて代を掻くけ〜の」との声も。
「まだ、コブシが咲かんけ〜、見てみいや山が白うならんろうが」との自然派も。
気温は上がっても地温が低い?かもね。
3月30日 天気がいいので、荒起しを始めました。
「今来たと思うたら、はあ終わっていによる(帰る)。大けな機械じゃけ早やあの〜」
「わしろ〜の17馬力じゃあ、じるいとよう起こさんけ〜の」
「あんたんとこが済んだら、ついでにウチのも荒起しをやってくれんさい」
飛び入りの作業依頼です。
ありがたいことです。また儲かった?人助け!人助けです!からね。
3月29日 育苗用ハウスにビニールを張りました。
夜7時から「増資」についての地区説明会がありました。
実行組合長として出席しました。
説明が終わるやいなや、堰を切ったように出てきた苦言?罵詈雑言?
今までいろいろな会場に行って聞いた意見・苦情とは趣が違いすぎました。
増資やJAについての抵抗は誰しも確かにあります。
が、少し大人げないレベルの発言?が目立ったようです。
「役員の総退陣、総入れ替え」まで波及してしまいました。
「配当がないのに出資するバカがどこにおる」
「JAの利用価値が無くなった以上、出資する気はない」等々。
「今の農政に対抗できうる勢力の構築が必要である」という発言は出ませんでした。
時代が変わった言うべきでしょうかね。
農家切り捨て、辺地切り捨て、弱者切り捨てこれが構造改革の姿です!
それにつけても、現金買いの時はホームセンターに行って買います。
伝票買い(つけ)の時はJA利用では職員も浮かばれません。
JAは空気みたいなもので、無くてはならないものなんですが、有り難みがないんですよね。
無くなってからでは遅いんですが、兼業収入(2兼)の多い現状では苦戦ですね。
今種籾を浸種する次期ですが、この種籾一つからJAで購入しているんですよ。
種籾が安心して購入できるのもJAがあればこそですが、民間では安心できないですよ。
まだまだありますが、JAの今一層の奮起を促すだけです!
共済に入れば海外旅行、定期をすれば温泉旅行・・・。
かつて、バブル時代のやりたい放題のツケが今吹き出した?ではないのか。
新時代に向けたJAのあり方が問われた「増資」地区説明会でした。
こういう五月蠅いことを言う地区があってもいいのかも・・・・・・・。
「農家の応援団はJAです」と、言える将来展望を描くリーダーの誕生を・・・・・・・。
3月28日 朝から雨です。
育苗箱に床土(グリーンソイル)を入れます。
播種機で床土を入れますが、1分間に3箱入れていきます。
午前中3時間、午後3時間入れますが腰が痛いのなんの。
床土(20kg)1袋で約6箱出来ます。
この床土を機械に入れるのが1人、床土の入った育苗箱を積み上げるのが1人です。
床土150袋を入れて、1000箱位出来ました。今日の作業は終了です。
以前浸種した種籾の催芽も育苗機利用で、今日から行います。
30℃で2日間、育苗機の中で鳩胸状態になるまで催芽します。
3月27日 曇雨 稲作り最初の仕事が「溝掃除」です。
あちこちの農業用水路で、関係者が集まって水路の草刈りや砂や石の除去です。
「これだけ降ったら今年は水の心配はいらんの〜」
「秋は今年もジルイ(軟弱)ろうの〜」
「はよ〜やって、水神様をやろうで!」
何のことはない、一杯やるだけです。
溝掃除も、コンクリ側溝になってすぐ終わります。
溝掃除より水神祭の方が長いのです。雨が長く降るわけです。
「ええ年にならにゃ〜いけんがの〜」お開きお開き。
3月26日 冬期間の季節労務を事故もなく無事終えることが出来ました。
舗装仕事は、材料が暖かいので寒い時期にはもってこいです。
いろいろな土木工事会社の現場に行きますから、公共事業の現状が把握できます。
いやはや、厳しい現実?に直面していますよ。
「田舎に帰れと言われたから帰ってみると仕事がない!やれんよ!」との声。
「こね〜な事なら帰らにゃ〜えかった・・・・・・」、現場で若い人の話です。
公共事業の削減は、功罪?
米価の値下がりも同じ?
愚痴ってもしょうがないですね〜。明日から百姓三昧です!
3月25日 大雪です。
除雪が出ました。
この時期、こんな雪あまり記憶にありませんね〜。
3月22日 風雨 朝から強い風が吹いていました。
春一番?かな。
連休が終わったとたん、大雨です。
田んぼがやっと乾きかけたと思ったら、また雨です。
目が痒い!鼻水が垂れる!花粉が猛威をふるう強風です!
酉年!荒れるぞ!の予感?
3月21日 晴曇 好天に恵まれた3連休です。
いよいよ観光地津和野もたくさんのお客さんが訪れて活気が出てきます。
SLも19日から走り始めました。駅前では、津和野太鼓でお出迎えです。
年度末に入り、公共事業も工期が迫っってきました。
私が季節労務で働いている舗装会社も例外ではありません。
日曜休日も舗装は待ったなしです。
午後でした、片側通行の交通規制内にカメラを持った若い人が入ってきました。
人が仕事をしているのにお構いなしです。
SLを写すために入ってきたのですが、どうなんでしょうね〜?・・・・・。
こういうマナー違反の人も大切な観光客なんですかね〜?
3月20日 連休に入って天気が続きます。
40数年前に、新卒の先生が木部中学校に赴任されました。
美術や英語を教えておられたそうです。
その先生が先月亡くなられました。
先生の生まれは、町内の畑ヶ迫地区でお母さんは今でもご健在です。
そこで、葬儀と法事を兼ねて奥さんやご兄弟、親戚とご近所が集まりご冥福を祈りました。
「先生が大学を卒業されて、初めての担任をされたときの教え子が70名ばかりでした。
厳しくもありましたが、とてもやさしく教えていただきました。
美術の時、何も描くことがないのなら、画用紙に黒の絵の具を塗りまくるように言われました。闇夜の牛じゃの〜。と言われたのが記憶に残っています。
卒業してからず〜と、2年おきに先生を囲んで同窓会をしています。
名古屋や静岡でやったときも来ていただきましたが、昨年は体調不良で欠席されました。
来年は、木部でやることにしていましたがお亡くなりになり残念に思っています。
先生に教えていただいた生徒を代表してご冥福をお祈り申し上げます。」
と、焼香の前に、先生を偲んでお別れの言葉を述べられました。
納骨のあと、先生の生前の描かれた絵の話をしながらご冥福を祈りました。
先生は、10数年前に町民センターで2回ほど個展(里帰り展)を開催されました。
たくさんの作品の中から、町内の学校や施設にも大作を寄贈されています。
我が家には、「冬の小樽」と「雪の青野山」が飾ってあります。
重ねてご冥福をお祈り申し上げます。
3月19日 朝から晴れ上がって春めいてきました。
JA西いわみ津和野地区の総代会が開かれました。
議題は、ずばり!「増資!」です。
一戸あたり2万円ですが、とりまとめの班長さんはご苦労様です。
質疑も順調で反対意見無し。あきらめか無関心?
「増資はするけ〜、天気がええけ〜、説明は短こうに、帰って種籾を浸さにゃあじゃけ」
「めったな〜天気じゃけ〜、畑仕事をせにゃあじゃけ、はよ〜終わってくれんさい!」
役職員も苦笑い・・・・・。
3月14日 朝から大雪で、名残雪?未練がましい雪ですよね。
今日のホワイトデーに合わせた粋な「暖雪?」ですかね。
我が家では、新芽の息吹をいただきました。
ヨモギの新芽を摘んだ「お焼き」を作りました。誰がって、婆様が作ったんですよ!
まだヨモギが少ないので配るわけにはいきませんが、神様ご先祖様にはお供えしました。
「お焼き」を食べると、春遠からじと、思うわけですよ。
来年のホワイトデーには「お焼き」を返しません?・・・・・・。義理焼き?
3月13日 朝起きたら一面雪景色・・・・・。
今年も稲作りは波瀾万丈?昨年の二の舞?かなと、思いつつも・・・・・。
今日から今年の稲作りが始まりました。
種籾を浸水しました。
とりあえず「ヒメノモチ」30a、「ハナエチゼン」200a、「コシヒカリ」200a分です。
残りの「コシヒカリ」100a、「祭り晴」200aは3月25日頃浸水します。
4月1日360箱、4月5日360箱播種します。(3〜4日間隔で播種360箱ずつ5回)
「今年も豊作でありますように!五穀豊穣!」
祈りを込めて、気持ちを込めて籾種を水の中に鎮めていきました。

雪の津和野町内
冬の津和野はいいよ!
3月12日 曇雪 雪の舞う中、長嶺農機さんが展示会を開催されています。
会場隣がアミューズメントですから、お得さんがひっきりなしに訪れています。
「ご主人だけなら畑の鍬を進呈!奥さん同伴なら洗剤をサービスしますよ!」
上手いこと考えたもんですね〜。
旦那が煮え切らないでいると、「ええけ-、これよりよけい入るやつをくれんさい!」
女房の方が太っ腹!です。米の保存庫を購入したお客様の様子でした。
トラクターもキャビン付きが主流になってきています。
試運転を町内各地でする予定でしたが・・・・、雪の中やるんですかね〜・・・・・。
「雪が降ろうと、雨が降ろうとキャビン付きなら冷暖房完備、カラオケを歌いながら!」
と、張ったり噛ませて・・・・。この社長さんは、それが出来ないんですよね!
だから、信頼して農機具を買わせていただいていますよ!(たまには誉めないと・・・・)
3月7日 昨日、3月6日(日)二男雅博が志保里さんと結婚式を挙げました。
偶然でしたが、昨年の3月6日は長女響子がお嫁に行きました。
昨年も雪でしたが、今年も前日から中国道が通行止めになるなど福岡も雪でした。
ホテルから見える、会場隣の福岡ドームの屋根が真っ白でした。
ソフトバンク対巨人戦のオープン戦でしたから、ホテルで清原選手を見て感激の妻です!
結婚式は、JALシーホーク&リゾートで教会式の挙式でした。
こちらからの出席者は、恩師、高校大学の友人、アルバイト先や大学の時大変お世話になった方、ならびに職場の同期の方々です。
我が家から兄、爺婆。姉夫婦の家族と、女房の兄弟だけの身内だけ出席しました。
和やかな内に無事披露宴も滞りなく終わりました。
「オヤジとオカンの子供でよかった!二人のような夫婦を目指します!」とのメッセージ!
感無量で涙が溢れ、親族代表の挨拶も途切れ途切れ・・・・・・・。
嬉しくて!嬉しくて!もらう方が泣いてしまいました。
3月4日 雪雨晴 今日は仕事先を休んで、事前の準備です。
お祝いをいただいた方々に挨拶して回りました。
「めでたいことが続いてええの〜」「目出度いことが重なるんじゃけ」
と、祝福されて帰ってきました。
ありがたいことです!
両家を代表してお礼の言葉を述べる大役が待っています。
言いたいことはいっぱいありますが、シンプル・イズ・ザ・ベスト?・・・・。
3月3日 曇雨 今日は全国的に「桃の節句」です。
私達の地方は、4月3日が桃の節句ですからまだまだです。
三寒四温なんて、遠い先の話?と思えるくらい気温が下がってきました。
雪が降ったり霙になったり、スギ花粉が飛ぶ暇もない?・・・。
学校生活に別れを告げる「卒業式」が始まっていますね。
3月は別れの季節?親にとってはわが子の成長した姿を見る嬉しい季節です!
さて、我が家の場合は。
アメーバー?みたいなのが合体して10月10日、この世に誕生!
「よう生まれた!ええ子にならにゃ〜の!」と言って名前を付けて、お祝いして。
這って、歩いて、走って、みんな嬉しい事ばかり。写真を撮って。
幼花園の入園式、小学校の入学から始まって中学校の卒業。義務教育終わり。
高校生になって野球の応援に行って、そしたら「大学行くけんの!」
大学が終わりかけたら「大学院行くけ〜の」
大学院終わってやっと就職したら、「嫁さん貰うけ〜の!」
3月6日、福岡のシーホークで結婚式です。
昨年、3月6日娘が嫁に行ったと思ったら、嫁さんが来てくれます!
嬉しい!「可愛がってやらんといけんけ〜の」と、話しているところです。
2月28日 暖かい1日でした〜。
周囲を見渡せば梅が咲き、ヨモギの新芽が見受けられます。
地温が上がったのか、雪がすぐ消えてしまいます。
天気が続いてくれないと、田んぼが乾かないので困っていますよ。
明日から3月、春本番です。いよいよ田んぼに出向く時期が来ました。
あちこちで畦畔雑草を焼いていましたが、火事には注意ですよ!
2月26日 朝起きたら家の周辺は雪が降って真っ白です。
津和野・日原両町も議会の議決が終わり9月25日の合併が決まりました。
産みの苦しみ?雨降って地固まる?始めよければすべて良し?一事が万事?・・・・。
今朝の雪は、「この真っ白い上に未来を描きましょう!」という天の声!でしょう。
前進あるのみ!愛でたし!愛でたし!
2月24日 曇雨 津和野町と日原町の合併調印式が津和野町民体育館で行われました。
200名の招待者に見守られて、無事調印が行われました。
明日は両町議会が合併に対する議決を行うそうです。
が、相方の日原町は合併反対?議会運営の不味さ?議長不信任案が出るそうです!
議決も、議長裁定で可決するとの見方が大勢ですが今晩の根回しはいかに!
それにしても、後味の悪い合併ですね!そう思いませんか!「無関心!」あ、そう!
お金(交付税)が欲しい、飴(特例債)を食いたい!ムチ(助成なし)は痛いからイヤ!
これは合併後の大きなしこり?ガン?になりそうですね!
「合併しなきゃあよかった」という声がでるか、
「合併してよかった!」という声が大勢を占めるか、果たして・・・・・・。
全国ニュースで取り上げられる要素のある合併ですね〜。
「ドタバタ劇の合併!山陰の小京都津和野」な〜んて見出しが出ないでしょうね・・・・・。
津和野の全国区イメージが悪くならないように祈るだけです!
2月23日 津和野町農政会議と津和野町議会議員との懇談会が開催されました。
庁内の農業を取りまく問題点等を話し合いました。
会議が終われば、恒例の一杯です。
2月22日 昨日降った雪がもう消えてしまっています。
昼前から気温が上がり、日中は汗ばむと言えば大げさですが、暖かでした。
ちょっと目の周りが変な感じがしてきました。
今日みたいな、こういう天気が続けばスギ花粉の攻撃が始まりそうです。近日中には・・・。
最近マスクをした人が増えてきているのが目に付きませんか?・・・・。
20数年来の大ベテランである、私もそろそろマスクが要りそうです。
はな垂れ小僧にならないためにも、予防予防です。
他人には分からないこの辛さ!頭は重くなる!鼻で呼吸が出来ない!睡眠不足!等々。
待ちに待った春なのに、「春よ来い!早く来い!花粉よ・・・来ないで」字余り。
2月21日 朝起きたら一面真っ白!また冬に逆戻りです。
益田市は雪が積もっていませんでした。雪が降るには降ったんですが・・・・。
津和野は日中降り続いたそうですが。
右の写真は我が家の前の様子です。
益田から帰るとき、横田付近まで積雪がありません。
青原を過ぎ日原になると積雪が見られます。
国道9号線のトンネルを抜けると眼下の津和野の町は真っ白です。
2月19日 津和野出身の親子3人で始めた居酒屋が評判になっています。
山口県湯田温泉街の一角に「Z○○AZ○○A」という居酒屋があります。
早速、後輩を誘って出かけてみました。
湯田温泉は賑わっています。
Tホテル裏の公園近くにその居酒屋はありました。
暖簾を潜ると「わあ〜、来てくれたんですか〜」と、大歓迎?です。
「とりあえず、生!」「つきだしはオススメで」
「うちは、ごま豆腐が自家製で評判いいんですよ!」
「それで揚げ出し豆腐作ってもろうて、刺身もね・・・・・・・・・」
「暮れから正月は連日満員で忙しかったですよ!最近チョットゆうになったかな・・・・・」
「もうじき送別会が始まるんでまた忙しくなるんですよ」
昔話や近況に話が弾みますが、お客さんが次から次に来られますから・・・・。
8時頃には一杯のお客さんです。
カウンターが8人程度、座敷(堀こたつ方式)が8席程度です。
山口市内の友人を呼び出して、またまた盛り上がってしまいました。
焼酎ビンを2本空けてそろそろお開き、11時です。
「また来るけんね!ゴチになりました・・・・・・」
後輩達は海外のお姉さんがいるところへまっしぐらです。
楽しい美味しいお酒を堪能しました。
2月16日 「確定申告」の時期がやってきました。
昨年1年間の帳簿と証拠書類を持ってでかけました。
朝から雨が降っているので早く行かないと行列になるぞと思いながら出かけました。
わお!「行列の出来る確定申告」です。
すでに20人くらい並んでいます。その後もぞくぞくと軽トラックがやってきます。
1時間ばかりかかりましたが、無事税金の申告終了です。
わずかですが、所得税を納めさせていただきます。
所得税を納めさせていただくくらいの農業生産はやりたいですね。(本心は反対?・・・)
農業関係の補助金は削減されても、無抵抗に納税するこの身の辛さ・・・・。
2月13日 帰るまでの僅かな時間を利用して、名古屋城に足を運びました。
改修中でしたが、天守閣まで登りしばし殿様気分に浸っておりました。
近日中に、中部国際空港が開港になるとのことで元気モリモリの中京地帯です。
新山口まではあっと言う間ですが、山口線に乗ったら現実感がひしひしと伝わってきます。
津和野まで1時間30分、あ〜長い!いやいや時間がゆっくり流れると言うそうです!
2月12日 朝から家財道具?の片付けや電化製品をレンタカーに積み込みます。
4階から何度上がったり降りたりしたでしょう・・・・・・・。
エレベーターがないのでくたくたです。それでも、やりました。
夕方にかけて、新居?へ運び込みグッタリ!やれやれ・・・・・・です。
まっ!一杯行こうかてなわけで居酒屋で焼酎のお湯割りをグッ!と。
2月11日 建国記念日で今日から3連休です。
新幹線のぞみで名古屋まで行きましたが、3時間チョットで着きました。
時速300qですから、あっと言う間に着きます。
松江の方が遠い位です。
3連休を利用して、結婚を間近に控えた子供の引っ越しです。
2月6日 「小川地区健康を守る会」がありましたが、我が家は「宅神祭」です。

毎年恒例ですが、節分を過ぎたら「宅神祭」を行います。
今年1年、青木家の「家内安全」「五穀豊穣」等々祈願します。
総霊社の宅野宮司様に我が家に来ていただき、宅神祭が執り行われます。
2月3日 雪曇 「昨日イノシシを2つ撃ったいや!」
「雪があるけ、よう走らん、わきゃあなあ撃ったいや!」
「そいでもって、皆で一杯やったけ、今朝頭が痛いのなんの・・・・」
今年の秋は、イノシシ被害が少なくて済みそうです?

さて、今日は節分と初午です。
各地の神社でも「節分祭」「初午祭」が行われたことでしょう。
太皷谷稲成神社では、善男善女がお参りに来られますが、雪のため出足が心配です。
我が家でも、夜は節分の豆まきをします。「福は内!鬼は外!」
豆は爺と婆が丹誠込めて作った黒豆です。
黒豆は正月の煮豆と、節分用に植えますがハトの被害とタヌキの被害で大変です。
スーパーで買ったほうがいいくらいですが、今年こそ!今年こそ!と植えています。
爺と婆が植えなくなったら、豆まきの豆はスーパーのビニール袋入りの豆になるでしょう。
こんな豆を撒いたって、鬼は怖がらないし福の神も近づかない?でしょうね。
今では、田舎でも豆まきする家少なくなったですね・・・・・・・。
2月1日 朝から吹雪です。
気温が−4℃ですから道路は圧雪です。
暮れから正月にかけて降った雪がやっと消えたと思ったら、大寒波襲来です。
山から鳥たちが餌を求めて里に下りてきていますが、一面雪ですからありません。
我が家のピラカンサの赤い実も食べ尽くしていますからありません。
ベニカナメモチの木の実も、南天の実もありません。
確実にあるのはスギの木の実でしょうか・・・・・・。
あれを食べ尽くしてくれないでしょうかね・・・・・・。
雪が消える頃には、イノシシが撃ち殺されるんですよ。
雪に足跡を残していきますから、どこへ逃げても見つかってしまうんです。
雪が止み、木だれが無くなるとイノシシが餌を求めて動き出します。
この機会を逃すものかと、猟師が出かけてズド〜ンと撃ってしまいます。
秋に腹一杯お米を食わしていますから、脂がのっていますよ。
1月29日 晴曇 昨日と今日は小春日和で暖っかでした。
大変です!スギ花粉が飛び始めています。
仕事で、日原町の山奥に行きましたが周囲はスギの木だらけです。
枝が折れそうなぐらいたわわに実がなっています。
新聞や雑誌でも今年の花粉飛散量は、過去最大だとか・・・・、悲惨です!
花粉症歴22年の私にとって、2月から5月までの4ヶ月ははな垂れ小僧ですから・・・・。
鼻にティッシュで詮して、マスクして、充血した目玉は涙を流し・・・・・・。
鼻の周りは皮がむけて赤く腫れ、口で呼吸するので舌はひび割れて・・・。
鼻呼吸しないから頭はボーとした毎日ですから・・・・・。
飲みに行くのにティッシュは箱ごと持参ですから・・・・・。
それでも、早く春になればいいですね〜。
1月23日 雪晴 初孫が女の子でしたから、少し早かったのですが「おひな様」を嫁ぎ先にお贈りしました。
孫達は、仕事の都合で帰って来られませんでしたから、今度の土日に帰ってくるそうです。
赤いチャンチャンコを着せて記念撮影が楽しみのことと思います。
嫁ぎ先のご両親やお祖母さんに大変喜んでいただき、いっぱいご馳走になってしまいました。
1月20日 認定農業者としてコンバインの購入時に半額助成を受けているため審査がありました。
津和野普及部に16年度の経営実績と収支報告書を作成し審査を受けました。
今までこういう審査はなかったのですが、やはり助成を受けている以上必要です。
「百姓は補助金をいっぱい貰うてええのう・・・・」と言われます。
貰い放しの現実があり、そういう側面ばかりが強調されているのも事実です。
営農計画を立てて助成措置を受けた以上、計画通り進んでいるか、収支は?
今回の普及部の審査方針は絶対必要なことです。
これにより、計画に無理はないか収支が健全であるか分かるからです。
相互の意見交換や今後の農業施策についても理解が出来ました。
今後とも普及部や農業委員会、JAの後方支援が活きてくることと思います。
1月17日 霙が降って冷たい日が続いています。
先日から「確定申告」の準備に入っています。
田植えや稲刈り等を委託された農家に「確定申告」用の証明書を発送します。
以前は領収書をお渡ししていましたが、紛失される農家が多いためこの時期に発送します。
領収書に貼る収入印紙代もバカになりませんから・・・・。
高齢化が進む中、「確定申告」が出来ない農家が増えています。
まず、領収書や書類の作成が困難な高齢者が出てきています。
役場の税務課の職員も大変ですよ。
毎年この時期、「確定申告」代行サービスをJAはするべきと思うんです。
税理士に頼むほどの収入がない以上、考えなければならないんじゃないでしょうか。
1月15日 陰中央新報の山陰ワイドに、JA西いわみ「首相から高い評価」
立ち上がる農山漁村30例選定、官邸で実績アピール、
とありました。
台湾に米の輸出をした実績が認められ、首相と意見交換をされたようです。
「西いわみヘルシー元気米」は昨年11月から台湾に輸出を開始しています。
米の輸出という画期的構想に対する評価は、官邸でも絶賛のようです。
あれ?写真には官邸に招かれたのが組合長でなく常務?なんで?・・・・・・。
組織を代表する組合長が招かれなかったのは・・・・・・・・?残念!
他の団体企業もトップでなくNo.2、またはヒラだったのかしら・・・・・・。
何はともあれ、めでたい!めでたい!
1月13日 所用で博多まで出かけました。
打ち合わせがあった場所はソフトバンクホークスのドーム球場の隣のホテルです。
「ホテルシーホーク」はダイエーが建設した素晴らしいプレイタウンです。
残念なことにダイエーの再建計画により第3者によって運営されることになっています。
しかしながら、ドーム球場やホテル、ホークスタウンが与えた経済効果ははかり知れません。
中内さんという人は、負債云々あったとしても素晴らしい感覚の経済人だと思います。
私達がいくら夢の構想を描いたとしても、実現するのはまず無理でしょう。
いくら熱意を持っていても、銀行がまず金を貸してくれません。
経営から手を引いたとしても、あのドーム球場やホテルは延々地域に貢献するでしょう!
この秋には、新生ホークスが日本一になって王監督の胴上げが見られることでしょう。
旅をして遺跡巡りをして思うことは、偉大な指導者がいたからこそ遺跡があるんだな〜と。
そこには、奴隷的扱いを受けた住民の犠牲があったことも事実でしょう。
大勢の犠牲の上に立って出来上がったものが、今では観光地になっています。
そう言うことも思い起こしながら観光地「つわの」を思ってみました・・・・・。
各地にあるお城、神社仏閣から万里の長城、ピラミッド等々多くの犠牲の結晶?・・・・・。
それでも、その遺跡があるからその地域が潤っていることに違いはありません。
中内さんの博多で展開した構想は評価して上げるべきでしょう!一個人的意見です!
そんなことを思いながら、新幹線のぞみで帰りました。
わずか35分で新山口に着いてしまいました。感傷に浸る時間があったかどうか・・・・・。
1月12日 曇雪 雨交じりの雪が降ったり止んだりの1日でした。
1月11日 正月の飾り付けを降ろしました。
朝、正月中お供えした飾り餅を切ってぜんざいにしていただきました。
1月9日 自治会恒例の「新年会」が集落センターでありました。
新年会の前に「総会」を開催し、4月からの新役員の選出を行いました。
雪が降り続くので、急きょ欠席の方が出ましたが和やかに一杯やりました。
1月7日 今日は七草です。
我が家でも早朝より七草粥を作って、神前にお供えします。
我が家の七草粥はいたってシンプルです。
薄味の醤油味で、ダイコン、ニンジン、カブ、ゴボウが入っています。
あれ?おかしいですね。
俗に言う七草ではないですね。そうです、そこにあるものを入れるだけです。
正月気分を払拭するには、いい時期にシンプルイズベスト!な食事です。
初日から益田市の山奥の現場で「寒いの何のって」です。
「福沢諭吉、福沢諭吉」と、言い聞かせて頑張りました。エライ!
1月6日 今日は第一建設鰍フ仕事始めです。
太皷谷稲成神社に参拝し、この一年の安全祈願祭を行いました。
いよいよ明日から本格的に仕事が始まります。
1月5日 正月も5日目、やっとお屠蘇気分から抜けられそうです。
稲成神社への初詣の車が数珠繋ぎになっています。
やはり新年の津和野は初詣が多くなければ津和野らしくありません。
4日からは、商売繁盛や安全祈願の会社関係が来るようです。
我が家も、孫が帰っていきました。これで正月が終わりです。
と、思ったら叔父叔母がやってきますからもう少し正月が続きます。
1月4日 帰省していた子供達が職場に帰っていきました。
新山口駅まで送っていきましたが、二人とも大きくなったな〜と思うだけで・・・・・・。
「今度は3月の結婚式で会おうか、それまで元気で働かにゃ〜の」と別れました。
寂しさを感じつつ帰路についていますと、「今から行くよ〜」と娘です。
正月中勤務の都合や雪で来られなかったので孫がやってきます。
「何をご馳走しょうかの〜」「美味しいすき焼きがええよ」とのことです。
スーパーによって肉やらいろいろ買い物です。
「大きゅうなったの〜!首が据わってから、よう笑うの〜」と、大賑わいです。
青木家の正月はまだまだ続きます。
1月3日 津和野町では「成人式」がありました。
昭和30年代生まれのご両親の子供さん達です。
津和野町の広報誌を紐解いて、当時の成人式を思い返していました。
黒縁のメガネに長い髪の私が写っていました。
JA3階のホールで行われ、当時は酒宴がありました。
記念写真を見ると酒、ビールビンに折つきで、同窓会の会場そのものです。
1月から3月生まれの一年先輩がおられます。(近年は学年での成人式です)
やっとここまで大きくしたご両親の席が後方に設営されるようになったと聞いていますが、
時代の流れなんでしょう。
日原町と合併すると、次の成人式は日原が会場になる?1年ごとに交代?
若さは特権!大いにアピールして下さい!
1月2日 曇晴 雪は止んだんですが、久々の積雪です。
除雪が追いつかない状態だと思います。
せっかくの正月休みなのに、除雪班は朝から動員されていることと思います。
我が家もご覧のとおりの積雪です。
帰省した人からメールが入っていました。「何しに帰省したか分からん・・・・・・」と。
今日は日曜日なので、もう帰り支度?している人もいるんでしょうね。
「稲成神社は人出が少なかろうね・・・、商店街も上がったりじゃろうね・・・・」
「こね〜な時は、暖房がきいて楽しい時間が過ごせて、儲かるところに行くしかない!」
忙しい時は「1日中寝てみたいの〜」と思いますが、さて「暇でやれん」です・・・・・。
「やっぱり忙しゅうに働いとるほうがええの〜」働く幸せです。
これだけの大雪ですから、春の田植えの水の心配はありません。
秋の稲刈りに、これだけの雨や台風による水があると大変ですが・・・・・。
何はともあれ、お正月ですから骨休めしたいですね!
2005年

1月1日
大雪
旧年中は公私にわたり大変お世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

朝5時、我が家の神事を済ませたあと、初詣に出かけました。
雪の積もっていることはありましたが、こんなに雪の降る中の初詣は初めてです。
「正月の朝から、こんなに一面真っ白じゃけ初心に孵れと言うことなんじゃろ〜」
「降る雪が積もる如く、この1年仕事を頑張らなくちゃね〜」
「去年は1月から大忙しじゃったけ〜、今年はじっくりと元気でやらにゃ〜」
てな、会話をしながら氏神様、稲成神社へお参りしてきました。
「今年1年、青木家全員元気で過ごすことが出来ますように!」
今年も「あぜみち通信」ご愛読の程、よろしくお願い申し上げます!

元旦の稲成神社
2004年
12月31日
朝起きたら一面真っ白です。
大晦日にしては、何年ぶりの雪でしょう。
子供達も帰省し、賑やかな正月を迎えられる喜びをかみしめています。

さて、私事で長い間ホームページを閉じていましたが今日から復活します。
またご贔屓賜りますようお願い申し上げます。

今年一年大変お世話になりました。
皆様の迎えられる新年が素晴らしいものでありますようご祈念申し上げます。
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