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臆病な男と猫
 
 
 

 暗部に所属するようになって、猫忍をあてがわれた。
 過酷な任務による心身の疲労を、愛玩動物で癒せ、ということらしい。
 人工的に改良を加えられた彼ら種族の唾液には、有効な殺菌成分も含まれており、怪我の治療にも役立つというわけだ。

 連れて来られた猫忍の名は、イルカといった。
 成獣でオスの彼の形態は、飼い主のカカシとほぼ変わりが無く、ただ、猫らしく大きな耳と、長くてしなやかな尾を持っていた。
 行動は猫そのものだが、自分自身の世話は、人間並みに出来るらしい。
 成る程、飼い主が長期任務や怪我をして入院することになっても、困らなくて済むように、改良され躾けられているわけだ。
 人には似ていても、やはり猫なので、人語は話せない。
 ときおり、心もとなげに「んなー…」と、鳴く。
 黒髪に、愛くるしい潤んだ黒い瞳と、鼻の上に一文字の傷を持ったしなやかなその猫は、だが、まったくカカシに懐こうとはしなかった。

 

 気づいているのだ。
 カカシが抱えてきた闇の暗さに。
 人工種ではあっても、わずかに残った野生の本能で、嗅ぎ取っている。

 「危険だって、思われちゃってるのかねぇ…」

 仕方が無いかもね、とカカシは乾いた笑いを漏らした。

 一定の距離をおいて、決して近寄ってはこない猫。
 そんな猫を、育てられたところにつき返すでもなく、家に飼う自分。
 奇妙ではあるが、悪くはない、とカカシは思った。
 暖かさを感じない距離が、カカシにとっては絶妙の安堵感をもたらした。

 

 

 「今夜からちょっと長期の任務に出るよ」

 飼い始めて半月たった頃、カカシは、いつもの距離をおく猫忍に、呼びかけた。

 「一ヵ月後に、戻る」

 簡潔にそれだけ告げた。

 「んなー」

 猫は、さして気にした風でもなく、返事を投げて寄越した。
 飼ってみて、予想していた以上に躾けの行き届いた猫は、おそらくカカシのいない一ヶ月間も、別に不自由することなく暮らすのだろう。

 淡々と。ただ淡々と。
 出掛ける際に、距離をおいたままそれでも見送るそぶりで、自分の背中をじっと見ている猫の気配に、振り向かずカカシは苦笑した。

 

 過酷で残忍な任務の合間、

 (あの猫がおれと暮らしている理由って、何なんだろうな)

 と、カカシはふと考えてみた。
 あたりは月も無い闇。
 森の中、木の上で敵忍を待ち伏せしている最中だった。

 猫と一緒に居るときには、まったく思いもしなかった疑問だ。
 猫忍だから、住む場所に選択権がない、と言えばそうなのだが。

 (だが、あの瞳は己の意思を持っている)

 他の猫忍を見た事はないので比べようがないが、彼は、自分で考え行動し、把握する。
 頼ることも媚びることもしない。
 カカシに懐かないのも、その表れだろう。
 それだけの分別があるのなら、今の囲われ者の暮らしを捨て、出て行くことも可能だろうに。
 彼には生活能力もある。何も、気に入らない主人と共に暮らす必要は無い。
 仕事だからか。そういう風に躾けられていて、こなしているつもりなのだろうか。

 (でもおれも、あの猫との生活は、気に入っているしね)

 できるならこのまま、猫が家を出ようなんて気にならなければいいな、とカカシは思った。
 それだけで、十分。
 他の何を望むでもなかった。
 望みたくもなかった。今の自分では。

 

 カカシこそが、「おれの傷に触れるな」と、背を怒らせて威嚇していること、その影には、怯える本当の自分がいることに、カカシ本人は気づいていた。
 口には出さない。態度にも示さない。
 でもそのことを、あの聡明な猫は、感じ取ったのだ。
 だから、触れない。懐こうともしない。
 カカシの闇に踏み込まないでいることに、徹している。
 クールなようでいて、主人の心をかき乱さないよう、細心の注意を払っているのだ。

 (大したもんだね)

 このまま、平行線の間柄でいるのも、いいかもしれない。
 カカシは、近づいてくる敵の気配に、浮かべていた自嘲の笑みを消し、身構えた。

 

 

 

 一ヵ月後、帰宅したカカシを、猫は、意外にも玄関で出迎えた。

 「……ただいま」

 唖然としているカカシを気に留めるでもなく、猫はカカシの周りをぐるぐるとかぎまわった。

 (血臭のせいか…)

 浴びた血は、大半が敵のものであったが、わずかに自身の傷から出血したものがあった。
 猫はそれを鋭敏な鼻でかぎ分けると、鳴き声も発せずにカカシを見上げた。

 

 ただ一瞬、苦痛とも、悲しいとも取れる表情を、浮かべて。

 

 そしてすぐに、何事もなかったかのような取り澄ました顔で、傷口を舐め始めた。
 淡々と。ただ淡々と。

 カカシは、傷口に触れるざらざらとした舌に、熱さと痛みを感じながら、
初めてこの猫忍を、愛しいと思った。

 
 
end
 

カカイル小説サイト「God bless you」様主催:「猫忍イルカ企画」
(2005.4/1~5/15)投稿作品。

 

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