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酒と誕生日と悪魔と天使 | |||
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青く澄み渡る秋の空の下、一匹のホワイトデビルが、丘の上の岩にちょこんと腰掛けて、はるか上空を見上げながら、長いため息をついていた。 (はにゅ~…) 彼の名は、カカシ。 (ああ、どうしたらイルカさんに、誕生日を一緒に過ごしてもらえるかなあ…) 彼は、道ならぬ恋をしていた。 そんな相手に、悪魔であるカカシが恋をした。 「カカシお前…、あんな扱いを受けてるのに、なんで好きでいられるんだよ…?」 イルカは、単にまじめで笑顔が可愛いという理由だけで、周囲から絶対的な信頼を得ているわけではない。 |
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サクッ。 岩の上で呆けていたカカシのお尻を、突然、焼け付くような鋭い痛みが襲った。 「はぅおっ!」 一度空中にびょんっと飛び跳ねた後、カカシはみっともなく草の上にお尻を抱えたまま突っ伏した。 「イ、イルカさん…」 |
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涙目でカカシが振り返ると、そこには長いヤリを手元に収めたイルカが、いつもの挨拶をやり終えてスッキリ、といった表情で、可愛らしく微笑んでいた。 「…どうして俺にだけ、そんな挨拶するんですか…」 カカシはぐすっと鼻水を啜り上げながら、うるうると訴えた。 「あなたこそ、どうして毎回避けないんですか?魔界のエリートですもん、避けら れないわけないでしょ?」 返ってきたイルカの言葉に、カカシは撃沈した。 (あれ…?どうしちゃったのかな、イルカさん…。今日は変だよ?) クセでとっさに庇おうとしたお尻から手を下ろし、イルカの凝視に顔を赤らめつつも、カカシは、このただならぬ状況に困惑した。 「ね、カカシさん、カカシさんの誕生日って、もうすぐですよね?」 思いもかけない言葉が、「癒しの笑顔」を満面にたたえたイルカの口からつむぎだされた。 「…ひょぇっ?」 驚きのあまり、変な返事をしてしまったカカシだが、イルカは気にもとめず、つつ、と寄ってきてカカシの手を両手で包み込むと、 「俺ね、今、あるところにお頼みして、あなたの名前のついたお酒を造ってもらっ ているんです!」 と、嬉しそうに、照れながら告げてきた。 (そ、…それはもしかして、お誕生日のプレゼントってことー!?) 遅れてきた喜びは、恐ろしい予感を爽やかにカカシの頭の中から吹っ飛ばした。カカシは感激のあまり、滝のような涙を流した。 (神様、ありがとうございます!) 思わず悪魔らしからぬ暴言を心の中で叫んだことは、魔界の王には内緒だ。 「これから、その酒の出来具合を確かめに行くんですが、…よかったらご一緒しま せんか?」 イルカが、はにかみながらも繋いだカカシの手をぶらんぶらんと揺らしながら、可愛くお誘いをかけてきた。 顔を真っ赤に紅潮させ、はしゃぎまくるカカシ。 |
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目的の場所は、天界にあるという。 カカシは喜びのあまり、空中できりもみ回転やでんぐり返りをしながら、イルカについて行った。 はしゃぎすぎて、とうとう小さい雷雲の中に頭から突っ込んで電撃を浴び、慌ててイルカに助け出されたりしながら。 大騒ぎをしつつ着いた先は、天界の、神様御用達の大きな酒造場だった。 「カカシさん、こちらが杜氏のアスマさんです。今回お願いして、カカシさんのお 酒を造っていただいているんですよ」 |
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でかい髭面の天使が、豪快な笑顔でカカシに挨拶をくれた。その天使らしからぬたくましい体躯に、一瞬あっけにとられたカカシだったが、慌てて挨拶を返した。 (この天使さんは、ちゃんとまともな挨拶をしてくれるんだ…。見かけによらず優 しいお人柄なのかも) イルカは服も翼も真っ黒でつややかなブラックエンジェルだが、アスマは服も翼も純白で、いわゆるオーソドックスな天使の風貌をしていた。 そう、お酒。 (誕生日当日には二人で乾杯して~、そんでもって見つめ合ってお互いに飲ませっ こなんかしちゃったりして!俺が照れてむせちゃって、イルカさんが『大変っ!大 丈夫ですか?カカシさんっ』な~んて介抱してくれたりして~、く~!背中をさす ってくれる手を、俺がふいに握り締めて、『どうしたんだい?まだそんなに飲んで もないのに頬が赤いよ』なんちゃってー!そんでー、そんでー…) 本人は、静かに脳内で妄想しているつもりらしかったが、実は全部、声に出していた。 |
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うすら寒い空気の中、イルカとアスマは、カカシ小劇場を黙って生暖かい目で見つめ続けた。 イルカが「フッ」と冷めたため息を吐いたと同時に、研ぎ澄まされたヤリが、カカシのお尻へと稲妻のように舞った。 サクッ! ゆうに身長の8倍は跳ねた。羽根の力無しでだ。 (慣れちまったんだな…) かわいそうに、とアスマは思った。心は嫌がっているのに、体が反応するなんて…。 「さてと、見学させていただく前に、…カカシさん、ちょっと湯浴みをしてきてい ただけませんか」 カカシをサックリしてスッキリしたイルカが、ついでにサッパリしてこいと言い出した。 ……イルカがそうさせた本当の目的を、知るよしもなく。 「…あいつ、今度の企画を承知の上で、ついてきたのか?」 ふふっと笑って、イルカは話題を酒の出来具合に切り替えた。 (こいつは外見に似合わず、やられたことはきっちりやり返す容赦の無いタイプだ が、それにしても、こんなにこだわるようなヤツだったっけな…?) アスマが腑に落ちない思いを抱いている間に、カカシがホカホカと湯気をまといながら、こざっぱりとして戻ってきた。 「すごくいいお湯でした!ありがとう。じゃ早速、お酒のご案内お願いしますねっ 」 カカシはサッパリしたせいでか、先ほどの涙も忘れ、すっかり上機嫌になっている。 「さ、行きましょうか、カカシさん」 カカシは、喜びのでんぐり返りをしたいのを懸命にこらえながら、イルカに付き従って歩いた。 |
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酒蔵の奥の奥に、その巨大な樽はあった。 「な、何、これ…?」 なんだか異様で不気味ですね~、と言いかけて、カカシは慌てて口を押さえた。プレゼントを用意してくれたイルカと、作ってくれているアスマに失礼かな、と思ったからだ。 「うっわー、思っていたよりずっとすごい量ですねー!これ本当に、俺の名前がつ く酒なんですか?」 先ほどのとまどいも忘れ、カカシは興奮して、斜め後ろにいるイルカに振り向いて言った。 「もちろんですよ。このくらいじゃ、足らないくらいです」 ほんのすぐそばで、イルカが答えた。 |
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「トォッ」 背中にドンッという衝撃、耳元に、ひるひるひる~と風を切る音、カカシはゆっくりと、イルカの、前に突き出した紅葉のような手の平が、上方に遠ざかっていくのを見た。 (ふ、封じの術ぅ?!) どぼちょん! 「げぼがぼごぼぐぼ…」 一度、底の方まで深く沈み、手足をばたつかせて必死で浮上すると、樽のふちの上で、イルカがちょこんと自分を見下ろしていた。 「カカシさん、いいエキス、出してくださいねー」 と、イルカは明るく手を振り、羽根を広げ、天井近くへと飛び上がった。 「そっ、そんなーっ!」 直後、頭上から巨大なふたが、ぐおおおおっと樽を覆いはじめ、 「イルカさんっ!イルカさーんっ!!待っ…!」 ばたむっ! ……………容赦の無い音とともに、樽の中が闇と静寂に包まれた。 (そ、そんなー!誕生日は?プレゼントって…違うの?お酒を二人で頂いてその後 イチャパラじゃなかったの?エキスって?俺ダシなんて出ませんよ?どーゆーこと ~?答えて~イルカさん~!いやああああああああ~~~………!) ユラリユラリとゆらめきながら、カカシの流した涙と叫びは、自分の名前のついた酒の中に、むなしく溶け込んでいくのだった。 |
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酒樽に漬け込まれること、約半月。 カカシの誕生日がやってきた。 酒をたらふく飲み込んで、体の中も外もすっかりアルコール漬けになって気絶して浮かんでいるのを、そろそろいいかなー、ということで、ようやくペイッと取り出されたのは3日前。 さすがは悪魔、しぶとく生きていた。 |
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「やれやれ…」 自宅の居間で、いまだへべれけのカカシを団扇であおいで介抱しながら、アスマはテレビをつけた。 “毒を持って、毒を制す!悪魔の強い煩悩を溶かし込んだお酒が、あなたの軽~い 煩悩を殺します。悟りを開くなら今!悪魔の酒「ホワイトデビル・カカシ」、好評 発売中” そんなキャッチコピーが、明るく流れている。 「う~ん、う~ん…」 うめき声に目をやると、頭にアイスノンを乗せ、腹にタオルケットを掛けられて横たわっているカカシが、柱の日めくりカレンダーを見ながら、べそべそと泣いている。 「た、誕生日なのに…、イルカさんいなくて、熊の天使がいるし…ぐすっ、お酒、 プレゼントじゃなくて、俺が材料だし…っ。あ、頭痛い、胸焼けする…ひどいっ。 イルカさんのばかばかばか、ぐすんぐすん…」 誰が熊だ、せっかくイルカの代わりに看病してやってるのに、と、アスマは持っていた団扇で、べしっとカカシの頭をはたいた。 「イルカはな、今ちょっと体調をくずして休んでんだよ。だから今日はここにはこ ねえよ。」 カカシが、体が辛いのも忘れて、がばりと布団から身を起こす。とたんに痛みにうめきだすその体を、手を添えてまた寝かしつけてやりながら、 「…ただの、二日酔いだよ」 と、アスマは、ボソリとつぶやいた。 (二日酔いなんかじゃないさ。本当は、今日だけはこいつの隣にいたかったのかも しれねえがな) アスマは、イルカと二人で、出来上がった酒を前にした時のことを、思い出していた。 |
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猪口に注がれた酒は、ほんのり銀色にきらめいていた。 「不思議なもんだな…。あんな煩悩だらけの悪魔から、こんなきれいな色の酒が出 来るなんてよ」 ふふふ、と笑うイルカ。 「ところでな、この酒の試飲、誰に頼む?俺たちには無理…」 と、アスマが言い出した矢先。 「お、おい!」 馬鹿なっ!吐き出せバカヤロウ!とアスマは叫んだ。 亡者には薬酒のような効能を発揮しても、煩悩の無い天使には、この酒は毒でしかない。 アスマが止めようと飛びついたときには、イルカは、すべて嚥下してしまっていた。 「本人の意思こそありませんでしたが、カカシさんが体を張って作ってくれたお酒 です。企画を考えた俺が、試飲するのがフェアってもんでしょ」 そう言い終えるなり、ばたっと倒れた。 「こ…っこの意地っ張りがー!」 フェアもくそもあるか! |
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アスマがお酒をほぼ出させたおかげで、イルカは数日寝込むだけで、大事には至らなかった。 イルカめ。 (ま、でも、それもいいような気もするんだよな…) アスマは、少しずつ変わっていくイルカのことを思い、フッと笑った。 (…なのに、) どうして、この元凶は、いつまでたっても気がつかないんだかなー。 お前も、「恋」ばかりしていねぇで、早くイルカの気持ちに気づいてやれよ。 でも、イルカはさ、お前のことを、本当に、全身全霊をかけて愛しているんだぜ? 回復すれば、この白悪魔には、きっとまた愛の修羅場が待っているのだろう。 「やめとこ」 イルカにいじめられている夢でも見ているのだろう。うなされ始めたカカシに、「ガンバレよ」と心の中で応援しながら、アスマは団扇で、そよそよと風を送り続けるのだった。 |
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どうして、黒天使イルカさんは、白悪魔カカシさんをいじめるのかな? と考えているうちに、こんな「なんだかな~」なオチになりました。 す、すみません。力不足で! 大層遅れてしまいましたが、とりあえず、05カカ誕おめでとうございます~。 来年は間に合うように、頑張りまする~。 |
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