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酒と誕生日と悪魔と天使
 
 
 
はにゅ~
 

 青く澄み渡る秋の空の下、一匹のホワイトデビルが、丘の上の岩にちょこんと腰掛けて、はるか上空を見上げながら、長いため息をついていた。

 (はにゅ~…)

 彼の名は、カカシ。
 悪魔には珍しい白い皮膚と銀色の髪、背中には、蝙蝠型の白いユーモラスな羽根。
 ちまちまっとした風貌だが、その実、任務においては、魔界でも一目置かれるほどのエリートだ。
 そんな彼が、物思いに沈む理由、それは。

 (ああ、どうしたらイルカさんに、誕生日を一緒に過ごしてもらえるかなあ…)

 彼は、道ならぬ恋をしていた。
 相手は、この上空の天界に住む天使、笑顔も愛らしいブラックエンジェル、名を、イルカという。
 位こそ中級の天使だが、その事務処理能力は抜群、その上、任務中における彼の笑顔の応対は、天界一の癒し、とまで言われている。
 神様の信頼も厚く、平凡でやや地味ではあるが、その安定した愛玩動物のごとき存在感は、出会う者を間違いなく幸福な気分にさせてくれる。まさに天使中の天使だ。

 そんな相手に、悪魔であるカカシが恋をした。
 現状は、まだカカシの片思いだ。
 真剣で純真な片思い。
 二人の様子を知る者は、悪魔も天使もみんな揃って、「…なんで?」と口をあんぐり開けて言う。

 「カカシお前…、あんな扱いを受けてるのに、なんで好きでいられるんだよ…?」

 イルカは、単にまじめで笑顔が可愛いという理由だけで、周囲から絶対的な信頼を得ているわけではない。
 にこやかな笑顔の下に隠された彼の本性、それこそが、その要因。
 黒き天使、イルカ。
 彼は、
 それはそれは徹底的にシビア、かつ合理的な性格の持ち主だった。

 
* * * * * * * * * *
 

 サクッ。

 岩の上で呆けていたカカシのお尻を、突然、焼け付くような鋭い痛みが襲った。

 「はぅおっ!」

 一度空中にびょんっと飛び跳ねた後、カカシはみっともなく草の上にお尻を抱えたまま突っ伏した。

 「イ、イルカさん…」
 「カカシさん、こんにちは。いいお天気ですね」

 
サクッ
 

 涙目でカカシが振り返ると、そこには長いヤリを手元に収めたイルカが、いつもの挨拶をやり終えてスッキリ、といった表情で、可愛らしく微笑んでいた。

 「…どうして俺にだけ、そんな挨拶するんですか…」

 カカシはぐすっと鼻水を啜り上げながら、うるうると訴えた。
 イルカの行動パターンは、過去のストーカー行為の際に熟知している。他の者には、悪魔相手にだって、絶対にこんなことはしないのだ。
 カカシにだけ。
 出会ってから一日たりとも、サクッとされなかった日はない。この頃は、ヤリの先端をより丹念に研いでいるのか、切れ味も秀逸だ。身をもって味わっているので間違いない。
 なぜ、俺にだけ?
 切ない。あまりにも切ないではないか。こんなに好きなのに!

 「あなたこそ、どうして毎回避けないんですか?魔界のエリートですもん、避けら れないわけないでしょ?」

 返ってきたイルカの言葉に、カカシは撃沈した。
 そうなのだ。どうしてだかカカシは、イルカの攻撃を避けることが出来ない。
 いや、理由はわかっている。イルカに対して無意識に万事ウェルカム状態だからこそ、避ける、という本能が一切働かないのだ。
 本来、天使と悪魔は、天敵同士だ。
 即座に争い、とまではいかなくても、出会えば必ず互いの間に結構な緊張感が走るものだし、危険察知のアンテナも、普段より研ぎ澄まされているのが当然のはず。
 なのに、このていたらく。
 だからこそ、このお尻の痛みによって、カカシは自分の恋心を早々に自覚した。
 イルカにはきっと思いもよらない事だろうが、この痛みすら、カカシには、イルカが自分にしかしない、とわかっているからこそ、妙な具合にいとおしく感じられるのだから恐ろしい。
 そんなことを考えて、ついデヘッとにやけてしまったカカシに対し、いつもなら冷めた表情のまま、もう一度容赦なくサックリ突くはずのイルカが、今日はなぜか、ただ黙ってじーっと見つめている。

 (あれ…?どうしちゃったのかな、イルカさん…。今日は変だよ?)

 クセでとっさに庇おうとしたお尻から手を下ろし、イルカの凝視に顔を赤らめつつも、カカシは、このただならぬ状況に困惑した。
 今までの経験からいって、これは何かある、と、この時ばかりは本能が警鐘を鳴らした。
 気をつけなければ。何かとんでもないことが自分を待ち構えているような、恐ろしい予感…。
 だが。

 「ね、カカシさん、カカシさんの誕生日って、もうすぐですよね?」

 思いもかけない言葉が、「癒しの笑顔」を満面にたたえたイルカの口からつむぎだされた。

 「…ひょぇっ?」

 驚きのあまり、変な返事をしてしまったカカシだが、イルカは気にもとめず、つつ、と寄ってきてカカシの手を両手で包み込むと、

 「俺ね、今、あるところにお頼みして、あなたの名前のついたお酒を造ってもらっ ているんです!」

 と、嬉しそうに、照れながら告げてきた。
 カカシは呆然としながら、聞こえてきた言葉を何度も何度も反芻した。
 名前のついたお酒って、…まるで、記念品みたいじゃないの…。

 (そ、…それはもしかして、お誕生日のプレゼントってことー!?)

 遅れてきた喜びは、恐ろしい予感を爽やかにカカシの頭の中から吹っ飛ばした。カカシは感激のあまり、滝のような涙を流した。
 誕生日。
 どうしても大好きなイルカと一緒に過ごしたかった。それが無理ならせめて、どんなぞんざいな言い方でもいいから、「おめでとう」を、彼の口から言って欲しかった。
 でも、一体このシビアなイルカに、どうやってそんなことをねだれるというのか。
 無理。
 ついさっきまで、そのことばかりを悶々と考えては、ため息をついていたのだ。
 それが、こんな。
 こんな夢みたいな形で、実現してしまっていいのだろうか?

 (神様、ありがとうございます!)

 思わず悪魔らしからぬ暴言を心の中で叫んだことは、魔界の王には内緒だ。

 「これから、その酒の出来具合を確かめに行くんですが、…よかったらご一緒しま せんか?」

 イルカが、はにかみながらも繋いだカカシの手をぶらんぶらんと揺らしながら、可愛くお誘いをかけてきた。

 「いいい行きますともっ!」

 顔を真っ赤に紅潮させ、はしゃぎまくるカカシ。
 まるで、飼い主に「散歩だよ」と言われた、散歩好きの犬みたいに。
 学習能力のない犬。
 カカシは、正に今、その状態だった。

 
* * * * * * * * * *
 
 目的の場所は、天界にあるという。
 カカシは喜びのあまり、空中できりもみ回転やでんぐり返りをしながら、イルカについて行った。
 はしゃぎすぎて、とうとう小さい雷雲の中に頭から突っ込んで電撃を浴び、慌ててイルカに助け出されたりしながら。
 大騒ぎをしつつ着いた先は、天界の、神様御用達の大きな酒造場だった。

 「カカシさん、こちらが杜氏のアスマさんです。今回お願いして、カカシさんのお 酒を造っていただいているんですよ」
 「おう、アスマだ。今日はよろしくな」
 「は、はい、ありがとうございます!こちらこそよろしくお願いします!」

 
脱毛処理はしてません
 

 でかい髭面の天使が、豪快な笑顔でカカシに挨拶をくれた。その天使らしからぬたくましい体躯に、一瞬あっけにとられたカカシだったが、慌てて挨拶を返した。

 (この天使さんは、ちゃんとまともな挨拶をしてくれるんだ…。見かけによらず優 しいお人柄なのかも)

 イルカは服も翼も真っ黒でつややかなブラックエンジェルだが、アスマは服も翼も純白で、いわゆるオーソドックスな天使の風貌をしていた。
 自分も悪魔の中では変わり種の方だと思うが、こうして考えれば、イルカも結構天使の中では目立つ風貌なのだろうな、とカカシは思った。
 たとえ仲間でも、中にはカカシの風貌をからかいの種にする者もいる。イルカもきっと同様にからかわれるのではないだろうか。そういう輩は、天使、悪魔の区別なく、どこにでも存在するものだ。
 アスマは、どうもそういうタイプではないみたいだな、と感じて、カカシは安心した。
 そういえばアスマは、悪魔である自分を、どうやら天敵とは感じていないみたいだし。
 お酒を造ってくれている事といい、まるで偏見の無い天使さんなんだなー、とカカシはとっても感動した。

 そう、お酒。
 これからイルカが自分の誕生日のために用意したというお酒を、見せてもらうのだ。
 カカシは嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。

 (誕生日当日には二人で乾杯して~、そんでもって見つめ合ってお互いに飲ませっ こなんかしちゃったりして!俺が照れてむせちゃって、イルカさんが『大変っ!大 丈夫ですか?カカシさんっ』な~んて介抱してくれたりして~、く~!背中をさす ってくれる手を、俺がふいに握り締めて、『どうしたんだい?まだそんなに飲んで もないのに頬が赤いよ』なんちゃってー!そんでー、そんでー…)

 本人は、静かに脳内で妄想しているつもりらしかったが、実は全部、声に出していた。
 しかもカカシは、内容に合わせて一人二役で小芝居まで演じていた。

 
なーんちゃってv
 

 うすら寒い空気の中、イルカとアスマは、カカシ小劇場を黙って生暖かい目で見つめ続けた。
 品定めをするかのように観察し、時折顔を見合わせては、二人、頷きあう。
 だが、限度のないカカシの妄想劇場に、とうとう限界に達したのだろう。相変わらず無表情のイルカのこめかみに、ピクピクと青筋が浮かび上がり始めた。
 隣で見ていたアスマは、(あ、やべえ!)とビクつき、慌ててカカシを止めようとしたが。

 イルカが「フッ」と冷めたため息を吐いたと同時に、研ぎ澄まされたヤリが、カカシのお尻へと稲妻のように舞った。

 サクッ!
 「ぴぁぅおっ!」

 ゆうに身長の8倍は跳ねた。羽根の力無しでだ。
 アスマは、冷静に目算した。
 鮮やかなジャンプを見せたカカシは、着地も見事に、クルクルとお尻を抱え込んでの三回転フィニッシュを決めた。
 お尻と心の痛みをこんな技に昇華させるなんて、さすがは魔界のエリートだな。
 …床でしくしくと泣いているけれども。

(慣れちまったんだな…)

 かわいそうに、とアスマは思った。心は嫌がっているのに、体が反応するなんて…。

 「さてと、見学させていただく前に、…カカシさん、ちょっと湯浴みをしてきてい ただけませんか」

 カカシをサックリしてスッキリしたイルカが、ついでにサッパリしてこいと言い出した。
 全く容赦ない。
 だがカカシも慣れたもので、鼻をぐずぐず言わせながら、「そういえば、さっき来るときに、電撃くらってススけちゃったんだっけ…」と、自分の汚れた体を、くるくると見回しながらつぶやいた。
 酒造場に雑菌を持ち込むのは良くない。見学はきちんと汚れを落としてからがいい、と思い至ったのだろう。
 本来の目的を思い出したカカシは、ようやく泣き止んで、イルカに「行ってきますぅー」と手を振ると、係の人に連れられて浴場の方に消えていった。

 ……イルカがそうさせた本当の目的を、知るよしもなく。
 小さくなるカカシの後姿をながめつつ、アスマが、難しい顔をしながらイルカに囁いた。

 「…あいつ、今度の企画を承知の上で、ついてきたのか?」
 「まさか。そのことについては何も話していませんよ。でも、材料にはぴったりで しょ、彼」
 「いかにも煩悩満載って感じだが、…いいのか?ヤツはお前に惚れてるぞ」
 「わかっています。私もストーカーまでされたくらいですからね…。このぐらいの お返しはさせていただかないと」
 「う…相変わらず、シビアなヤツだな。あいつ、泣くぞ?」
 「泣かせるくらいがちょうどいいんですよ。あの人にも、私にも」

 ふふっと笑って、イルカは話題を酒の出来具合に切り替えた。
 アスマは、怪訝な表情を浮かべたまま、今の酒の出来とこれからの行程について促されるままに答えた。

 (こいつは外見に似合わず、やられたことはきっちりやり返す容赦の無いタイプだ が、それにしても、こんなにこだわるようなヤツだったっけな…?)

 アスマが腑に落ちない思いを抱いている間に、カカシがホカホカと湯気をまといながら、こざっぱりとして戻ってきた。

 「すごくいいお湯でした!ありがとう。じゃ早速、お酒のご案内お願いしますねっ 」
 「お、おう」

 カカシはサッパリしたせいでか、先ほどの涙も忘れ、すっかり上機嫌になっている。
 この後の展開を知っているアスマは、カカシがあまりにも不憫に思えて、一瞬返事を躊躇した。
 そんなアスマを横にグイッと押しやると、イルカはカカシの手を取って、目的の場所へと歩を進めた。

 「さ、行きましょうか、カカシさん」
 「は、はいっ!イルカさん」
 (わー!わー!手を繋いでもらってるー!夢みたーいっ。どどどーしよっ!もう洗 えない!)

 カカシは、喜びのでんぐり返りをしたいのを懸命にこらえながら、イルカに付き従って歩いた。
 その後ろからついてくるアスマが、キリキリと良心を痛めているのに、まったく気づくこともなく。

 
* * * * * * * * * *
 

 酒蔵の奥の奥に、その巨大な樽はあった。
 恐ろしく太い注連縄がぐるりと巻きついている側面には、なぜか得体の知れない呪符が、数多く貼り付けられていた。

 「な、何、これ…?」

 なんだか異様で不気味ですね~、と言いかけて、カカシは慌てて口を押さえた。プレゼントを用意してくれたイルカと、作ってくれているアスマに失礼かな、と思ったからだ。
 立て掛けられている長いはしごを登り、上辺のふちの上に上がったカカシは、イルカと一緒に、緊張しながら樽の中を覗き込んだ。
 直径10mはあろうかという樽の中に、酒がなみなみとたたえられている様は、正に圧巻だった。
 かぐわしい酒の匂いが、肺の隅々にまで満ちていく。うっとりする香りに、カカシは一瞬目をとろんとさせた。

 「うっわー、思っていたよりずっとすごい量ですねー!これ本当に、俺の名前がつ く酒なんですか?」

 先ほどのとまどいも忘れ、カカシは興奮して、斜め後ろにいるイルカに振り向いて言った。
 イルカの肩越しに、樽のふもとでアスマが、上に登った自分たちを見守ってくれているのが見えた。
 …妙な表情だった。

 「もちろんですよ。このくらいじゃ、足らないくらいです」

 ほんのすぐそばで、イルカが答えた。
 なんとなく、語尾が底冷えするような響きだった。
 足らない?
 どれだけ飲むと思われているんだろう?俺そんなには飲まないですよ。あ、知り合いにも配るのかな?と聞こうとして、カカシがイルカの方に振り向いた瞬間、

 
トォッ
 

 「トォッ」
 「はぐぁっ!」

 背中にドンッという衝撃、耳元に、ひるひるひる~と風を切る音、カカシはゆっくりと、イルカの、前に突き出した紅葉のような手の平が、上方に遠ざかっていくのを見た。
 なあに?これは、夢?
 落ちていく~~~うふー………じゃなくて!落っことされたのだ、樽の中に!
 カカシは我に返って、飛ぼうと必死で羽根を動かした。だが、なぜかいうことをきかない。
 樽の周りでは、おびただしい数の呪符が怪しく光を放っていた。

 (ふ、封じの術ぅ?!)

 どぼちょん!

 「げぼがぼごぼぐぼ…」

 一度、底の方まで深く沈み、手足をばたつかせて必死で浮上すると、樽のふちの上で、イルカがちょこんと自分を見下ろしていた。
 思わず手を差し出し、助かったーっ!!と涙ぐむ笑顔のカカシ。
 が、

 「カカシさん、いいエキス、出してくださいねー」

 と、イルカは明るく手を振り、羽根を広げ、天井近くへと飛び上がった。

 「そっ、そんなーっ!」

 直後、頭上から巨大なふたが、ぐおおおおっと樽を覆いはじめ、

 「イルカさんっ!イルカさーんっ!!待っ…!」

 ばたむっ!

 ……………容赦の無い音とともに、樽の中が闇と静寂に包まれた。

 (そ、そんなー!誕生日は?プレゼントって…違うの?お酒を二人で頂いてその後 イチャパラじゃなかったの?エキスって?俺ダシなんて出ませんよ?どーゆーこと ~?答えて~イルカさん~!いやああああああああ~~~………!)

 ユラリユラリとゆらめきながら、カカシの流した涙と叫びは、自分の名前のついた酒の中に、むなしく溶け込んでいくのだった。

 
* * * * * * * * * *
 
 酒樽に漬け込まれること、約半月。
 カカシの誕生日がやってきた。
 酒をたらふく飲み込んで、体の中も外もすっかりアルコール漬けになって気絶して浮かんでいるのを、そろそろいいかなー、ということで、ようやくペイッと取り出されたのは3日前。
 さすがは悪魔、しぶとく生きていた。
 
うりゃっ
 

「やれやれ…」

 自宅の居間で、いまだへべれけのカカシを団扇であおいで介抱しながら、アスマはテレビをつけた。
 荘厳な雰囲気の音楽が流れ、現世への未練を捨てきれない亡者向けの、新作の酒のコマーシャルが映し出されている。

 “毒を持って、毒を制す!悪魔の強い煩悩を溶かし込んだお酒が、あなたの軽~い 煩悩を殺します。悟りを開くなら今!悪魔の酒「ホワイトデビル・カカシ」、好評 発売中”

 そんなキャッチコピーが、明るく流れている。
 売れ行きは今までのところ、結構好調のようだ。
 イルカから持ちかけられた企画だったが、いい酒を作れたな、とアスマは満足していた。

 「う~ん、う~ん…」

 うめき声に目をやると、頭にアイスノンを乗せ、腹にタオルケットを掛けられて横たわっているカカシが、柱の日めくりカレンダーを見ながら、べそべそと泣いている。

 「た、誕生日なのに…、イルカさんいなくて、熊の天使がいるし…ぐすっ、お酒、 プレゼントじゃなくて、俺が材料だし…っ。あ、頭痛い、胸焼けする…ひどいっ。 イルカさんのばかばかばか、ぐすんぐすん…」

 誰が熊だ、せっかくイルカの代わりに看病してやってるのに、と、アスマは持っていた団扇で、べしっとカカシの頭をはたいた。
 少しの振動でも、重度の二日酔いの頭には響くらしい。「あだだだだだ」と叫ぶカカシに、「ああ、すまねえな」とアスマは返した。

 「イルカはな、今ちょっと体調をくずして休んでんだよ。だから今日はここにはこ ねえよ。」
 「ええっ、イルカさん、どうしたの?!」

 カカシが、体が辛いのも忘れて、がばりと布団から身を起こす。とたんに痛みにうめきだすその体を、手を添えてまた寝かしつけてやりながら、

 「…ただの、二日酔いだよ」

 と、アスマは、ボソリとつぶやいた。
 「二日酔いー?ええ?イルカさんもお酒飲んだの?」と、カカシが間が抜けたことを聞いてくるのを聞き流しながら。

 (二日酔いなんかじゃないさ。本当は、今日だけはこいつの隣にいたかったのかも しれねえがな)

 アスマは、イルカと二人で、出来上がった酒を前にした時のことを、思い出していた。

 
* * * * * * * * * *
 

 猪口に注がれた酒は、ほんのり銀色にきらめいていた。
 それは、明らかにカカシを漬け込んだ後に生じた変化だった。

 「不思議なもんだな…。あんな煩悩だらけの悪魔から、こんなきれいな色の酒が出 来るなんてよ」
 「そうですね。あれでもカカシさんは、純真な悪魔だからかな」

 ふふふ、と笑うイルカ。
 それは…果たして悪魔と言えるのだろうか?
 イルカも素直じゃねえなあ、まったく、とアスマは思った。

 「ところでな、この酒の試飲、誰に頼む?俺たちには無理…」

 と、アスマが言い出した矢先。
 イルカが、ひょいと猪口を持ち上げて、ぐい、と中身を飲み干した。
 …止める間も、なかった。

 「お、おい!」

 馬鹿なっ!吐き出せバカヤロウ!とアスマは叫んだ。

 亡者には薬酒のような効能を発揮しても、煩悩の無い天使には、この酒は毒でしかない。
 ヘタをすれば、細胞単位の組織の変化さえも招きかねない。
 天使では、いられなくなるかもしれない。
 イルカだって、知っているはずなのに!

 アスマが止めようと飛びついたときには、イルカは、すべて嚥下してしまっていた。
 しれっとした顔で、

 「本人の意思こそありませんでしたが、カカシさんが体を張って作ってくれたお酒 です。企画を考えた俺が、試飲するのがフェアってもんでしょ」

 そう言い終えるなり、ばたっと倒れた。

 「こ…っこの意地っ張りがー!」

 フェアもくそもあるか!
 アスマは、気を失ったイルカに、急いで胃洗浄を行った。

 
* * * * * * * * * *
 

 アスマがお酒をほぼ出させたおかげで、イルカは数日寝込むだけで、大事には至らなかった。
 もしかしたら、あれでもカカシに感化されていて、多少は煩悩を生じさせていたのかもしれない。酒とうまく相殺されたんじゃねーか、とアスマは思った。
 イルカの病状は、二日酔いのカカシより数段悪いくらいだが、治癒すれば後遺症も残さずに済みそうだ。
 アスマは、今、目の前でうんうん唸っている元凶の白悪魔をながめて、ふーっと深いため息をついた。

 イルカめ。
 フェアなんて、嘘っぱちだ。
 あいつは、体が変化するのも承知の上で、この悪魔に少しでも近づこうと思ったんだ。
 ヤリで突付くのも、こいつが自分の気持ちに一杯一杯で、ちっともイルカの気持ちを探ろうとしないから、じれったくてやっているのだ。
 天使中の天使、と言われているが、イルカは、ちっとも天使らしくない。

 (ま、でも、それもいいような気もするんだよな…)

 アスマは、少しずつ変わっていくイルカのことを思い、フッと笑った。

 (…なのに、)

 どうして、この元凶は、いつまでたっても気がつかないんだかなー。
 アスマは、目の前ですやすやと寝息を立て始めたカカシの赤んぼみたいな寝顔を見て、前途多難だな、と、今日何度目かのため息をついた。

 お前も、「恋」ばかりしていねぇで、早くイルカの気持ちに気づいてやれよ。
 イルカは、きっとこれからも、自分の想いなんざ、おくびにも出さねえだろうがよ。

 でも、イルカはさ、お前のことを、本当に、全身全霊をかけて愛しているんだぜ?

 回復すれば、この白悪魔には、きっとまた愛の修羅場が待っているのだろう。
 恋のキューピッドをしてやろうかと、アスマは一瞬考えたが、

 「やめとこ」

 イルカにいじめられている夢でも見ているのだろう。うなされ始めたカカシに、「ガンバレよ」と心の中で応援しながら、アスマは団扇で、そよそよと風を送り続けるのだった。

 
 
end
 

どうして、黒天使イルカさんは、白悪魔カカシさんをいじめるのかな?
と考えているうちに、こんな「なんだかな~」なオチになりました。
す、すみません。力不足で!
大層遅れてしまいましたが、とりあえず、05カカ誕おめでとうございます~。
来年は間に合うように、頑張りまする~。

 

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