「願い事ですか。んー、思いつきませんねぇ…」
七夕の飾り作りで賑わうアカデミーで、廊下を通りかかった上忍に、差し出した短冊をやんわりと拒否された。
今もたまに、その任務を請け負うという、元暗部。
写輪眼の持ち主。
手配書に載る男。
一見、気さくそうに見える笑顔が、心なしか寂しそうに見えた。
「じゃあね。…ごめんね、イルカ先生」
ひらひらと手を振りながら去る後姿。
聞こえてくる心の声は。
(だって、次の任務で死んじゃうかもしれないでしょ。だからね…)
願い事なんて、無い。
願い事なんて、書かない。
願い事なんて、届かないからね。
一介の中忍教師でしかない俺には、「希望を持って」とか、そんなそらぞらしい言葉を言えるはずもなく。
密かに、胸を痛めた。
一年後。
「願い事は、心からの願いを書いてくださいね」
今年も、七夕の飾り作りで賑わうアカデミー。
今度は、拒否されることもなく受け取ってもらえた短冊。親しみが増しているようで、嬉しいと思った。
「えー?イチャパラ最終巻完結まで、あと三日くらいで全部出版して欲しいとか」
「そういうのは駄目です」
最近、やっと気づいたのだけれど。
この上忍は、人の心や状況の把握などには恐ろしく聡いくせに、自分自身の心に関してだけは、酷く不器用だ。
昨年の拒否の理由は、生きることへのある種の諦めがあるから、それだけだと思っていた。
だが、この一年、彼の人となりに触れてきてわかったこと。
むしろ、
この人には、自分自身の願い事が何なのかが、わからないのではないか。
もしくは、わかっていても、どう対処してよいのかわからないのでは。
何が彼を、そんなに躊躇させているのだろうか。自分の幸せを素直に望めない、不器用な人。
優しいこの人は、それでも、真剣に書こうとしてくれている。
途方にくれて、少し泣きそうになっている迷子のような顔をして。
何でも良いのに。
その「何でも良い」ものですら、彼には難しいことなのが、切なかった。
俺が側にいるから、書きづらいのではないだろうか。
そう気づいて、考え込む彼の横をそっと抜け、まだ飾り付けに悪戦苦闘している年少組の生徒たちの
様子を見に行った。
子供たちが、俺の腰周りに鈴なりになって、飾りの作り方を教えてくれとせがんでくる。
彼らにもまれながら、俺が側を離れたら考えるのを諦めるかもと思い、離れたところから彼の様子を
伺った。
まだじっと短冊に目を落として、一向に書き出そうとはしていない。
ああ、やはり書けないのだな、と思った。
それでもなお、書こうとしてくれている。そのことが、この上なく嬉しかった。もう充分だと思えた。
しばらく生徒たちへの対応に追われていたら、気づかないうちに彼が側にやって来ていた。
短冊を返されるのだろうと思った。
けれども彼は、それを握り締めながら、
「今夜までには、きっと書けないと思うけど、でもいつか書くから。イルカ先生、それでもいい?そ れまでコレ、持っていてもいい?」
と告げた。
まるで子供が了承を得るために意気込むような、真剣な表情で。
どうしてそんなに、必死になってくれるのだろう。一介の中忍教師が差し出した、短冊一枚に。
俺なんかにわざわざ確認まで求めて。
カカシ先生の手は、なぜか少し震えていた。
俺は、少しとまどった。
でも震える彼の手を、そのままにしてはおけないと思った。
短冊ごと握り、
「待っていますからね、必ず」
そして笑った。そうしたらカカシ先生も、やっと安心したように笑った。
子供みたいな笑顔だった。
かわいらしくて、切なくて、俺はちょっと困った。
一年という期間は、少しずつだけど俺たちに変化をもたらしている。
来年には、二人、何を思いながら過ごすのだろう。
まだ届かない願いが、きっといつか、めぐる七夕の日に掲げられる、その日まで。
この手を、握っていたいと願った。 |