乙女峠での祈り
       2019/2/11

■住所:

〒699-5605、
島根県鹿足郡津和野町
      後田ロ 66-7
津和野カトリック教会
TEL(0856) 72-0251
FAX(0856) 72-0282


    乙女峠からのメッセージ(2019/2/11)


 乙女峠は、津和野の城主の娘さんが不慮の事故にあってこの山の麓に埋葬されたことがきっかけで、この地域のひとびとが乙女山と呼んでおりました。「乙女峠」としてよく知られるようになったのは、長崎の浦上キリシタンの改宗説得から厳しい拷問、そして殉教者を出すまでに至った、禁教弾圧の歴史的事件にあると思います。マリア様出現をたまわった安太郎の話など、永井隆博士の「乙女峠」の物語を通してよく知られるようになりました。
 
 中一巡礼感想


聖光学院(横浜)中学1年  奥津 新太郎


 僕は、中一巡礼で、大きく二つのことを
学び、考えた。一つは、原爆が破壊したも
のと世界の平和のために自分達ができる
こと、もう一つは、キリスト教殉教の歴史と
殉教者と信者たちの心情についてであ
る。


 まず、初日の原爆資料館で僕が感じた
のは、原爆の恐ろしさだ。1945年8月6日
に広島に原爆が投下されたという事はず
っと前から知っていたが、たくさんの人の
命を奪ったということしか知らなかった。し
かし、実際に衝撃的な写真を見てみると、
人間が造った物で人間がこんなにおそろ
しい姿になっているという事実から目を背
けることはできず、ただ、驚きを隠せずに
いた。言葉で上手に表現できないたくさん
の感情があった。原爆の恐ろしさを身をも
って理解した初日だった。

  では、そのような恐ろしい戦争や核兵器
を無くし、平和な世界をつくるために、自分
達に何ができるのか次に考えた。まずは、
一人ひとりが戦争や核兵器の恐ろしさ、そ
して、それによって実際に何が起きたのか
をしっかり理解することから始まるのでは
ないか。そして、その事を小さな子供や、
日本に訪れるたくさんの外国人に知っても
らう事も大切だと考える。オバマ前大統領
が広島を訪問されたことも、そのことに繋
がる。そして、何よりも、我々日本人がそ
の事を確実に後世に伝えていかなければ
いけない。当たり前のようなことだが、いざ
原爆ドームや資料館の写真の前に立つ
と、改めて感じることだった。


では、ここでキリスト教に関する歴史や実
際に訪れたときの感想についてのべる。

遠藤周作の「沈黙」や、「女の一生」を読
み、キリスト教の殉教地についての知識は
少しずつ身についてはいるのだが、まだま
だ知らないことはたくさんある。しかし、今
回の巡礼で実際にキリスト教の殉教地を
歩いてみたり、教会の神父様の話を聞い
たりしていくことが、拷問の残酷さ、それら
を耐えた者と耐えられず、途中で棄教した
者それぞれについて考える機会になっ
た。


 津和野教会の神父様の話には、三尺牢
に入れられて殉死した「安太郎」のことが
あった。非常に寒いうえに、食事はわず
か、こんな待遇で孤独とも戦うような状況
にあったなら、僕はすぐに耐えられなくな
り、棄教してしまうだろう。実際、耐えられ
ずに棄教した者は多かったはずだ。キリス
ト教信者に対する江戸幕府の拷問や虐待
はひどかった事は知っている。では、途中
で棄教しなかった信者たちはなぜ、耐えら
れたのだろうか考えた。

僕は、耐え続けた者達は、どんな辛い時
も神が近くにおられて、自分を見守ってい
ると信じ、棄教を迫る役人を退けて神に祈
りを捧げようとし、耐えられなかった者は、
自分が受けている拷問の辛さが信仰の強
さに勝り、逃げることを選択してしまったの
だと考えた。僕は拷問など受けたことがな
いが、そんな恐ろしい拷問に対して、信仰
という信念をもって立ち向かった信者たち
の強さ、かえって自分の弱さを教えられた
ような気持ちになった。

 今回の中一巡礼は、戦争の恐ろしさから
始まり、キリスト教の殉教の歴史、秋吉台
の巨大な洞窟などの自然、出雲大社のよ
うな他宗教の場所、など様々なことが盛り
だくさんでこの感想には書ききれないほど
のことを感じ取ることができた。今回の巡
礼で学んだことは、忘れられないだろう。