今日のみ言葉     (2025年12月25日)    


 主のご降誕の祭日


イエスはなぜ馬小屋にお生まれになったのでしょう


「皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出された。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産むことになった。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」 (ルカ2:1−6)


 福音書では「泊まる場所がなかった」と記しています。

 しかし貧しさの象徴的なしるしとしての馬小屋に、なにか特別な意味があるように思えます。生まれるユダヤの王はどこに居られるかと、東方から来た三人の博士が尋ねたところはヘロデの王宮でした。常識的には王宮こそ相応しい場所に違いありません。権力や財力こそ王にふさわしいものに違いありません。


 しかし貧しさの中にお生まれになったイエス。イエスは言われます。「貧しいあなた方は幸いである。神の国はあなた方の者である。」(ルカ:6:20)

 この世が重要なこととして考える権力、富や学歴などでなく、すべてを神に信頼した生き方こそ、イエスの貧しい馬小屋に生まれた意味ではないでしょうか。


 また馬小屋に招待された人々は

 地位や財力のない、日々の労働に追われて過ごしている羊飼いです。

 選民としての誇りあるユダヤ人でなく、外国人の博士たち。

 馬小屋に安らぐ牛やろばたちです。

イザヤ書に次の言葉を見出します。

  牛は飼い主を知り、ろばは主人の飼い葉桶を知っている。しかし、イスラエルは知らず。 

わたしの民は見分けない。(イザヤ1:3)


 クリスマスにあたって馬小屋に招かれた私たちも、馬小屋にお生まれになったイエスのメッセージを聞き取りたいと思います。