今日のみ言葉     (2025年11月23日)    


 王であるキリストの祭日


   イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください

                                                                                    (ルカ23:39−43)


 教会の暦も最後の日曜日となりました。この時期のミサの朗読箇所は終末についての内容が選ばれています。世界各地で戦争や紛争のニュースが絶えません。ウクライナやガザの悲劇的な状況の映像を目にします。気候変動に伴う自然災害も報じられることが多くなったように思います。南太平洋の島嶼国では海面上昇による国家存立の危機が叫ばれています。終末、世の終わりについて考えざるを得ない状況です。また齢を重ねるごとに人生の終わりをどのように迎えるか、思いめぐらすことも多くなりました。


 犯罪人の回心について今日のミサの福音書の朗読箇所は終末を迎える心の準備にするためのヒントになるのではないかと思います。

 犯罪人の一人が答えます。

 「我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。(23:41−42)

 処刑される直前、自分のやったことの罪の報いを受け止める改心の思いが吐露されています。議員たちや兵士、ユダヤの民衆のイエスへの侮蔑の叫びの中にあっても、イエスへの信仰告白が述べられています。


 死を前にしてこの犯罪人のような思いが持てるでしょうか。

 人生の歩みの中で、多くの過ちを犯し、他の人に迷惑をかけてきたのではないでしょうか。

処刑を目前にするようなことはなくても、自暴自棄になりそうな様々な試練や苦しみのさなかにも、主のみ前で犯罪人のような信仰の告白が出来るようになりたいものです。


 最近テレビのコマーシャルで「メメントモリ」(死を思え memento mori)という言葉が聞こえてきました。実はこの言葉の後に「カルペディエム」(今を生きよ carpe diem)という言葉が続きます。

 死を考えるのであれば、今を精一杯生きることの大切さを教えられます。